IR続き物

□ E チェリーパイ/2
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信じられない。

自分がホモだったなんて。





告白して、付き合うことになって、キスをして。

普通の男女の恋人同士なら当たり前にやっていることでも、同性同士、しかも相手が隆一となると、面白いくらいにうまくいかない。

しかも俺には彼女がいて、相手に至っては既婚者で。これってW不倫みたいだよなあ。なんて、呑気なこと考えてる場合じゃないっての。

唇を舐めた後、一度離れて見た隆一の顔は、凍り付いたように強ばっていて。普段はそんな表情をひた隠しにしてる君が見せた初めての焦燥が、めちゃくちゃ新鮮で。もっともっと、俺の知らない顔をさせてやりたくなって。

気付いたら、さっきよりもかなり濃厚なキスをかましていた。

いや、キスなんてもんじゃない。ほとんどもう。喰らい尽くす勢いの。

君の肩がびくりと震えて、俺はそれを諌めるように強く掴んで。

いろんなことがどうでもよくなって。

抵抗されないのをいいことに、好きなように君の口内を貪った。

君の舌は柔らかくて生温かくて、ぬるぬるしてて気持ちよくて。

鼻に抜ける吐息とか、苦しそうなうめき声とか。俺と目が合って、すぐにまた慌てて閉じられる瞼の震えとか。そんなものまで一々いやらしく感じられて。

もうずっと。このままキスしてたい気分になる。

君は男とキスするなんて初めてなんだろうな。

いや、俺だってそうだけど。

あ。君の場合ライブでしてたことはあったかも。まあ、それは別として。

まさかこの年になって、こんな経験するとは思わなかった。

君にも俺にも大切な人がいて、君なんかどう考えたってノーマルで。

それなのに今陥っているこの状況は、まるで映画か小説。しかもかなりアングラな代物みたいだ。





大人と呼ばれる年になってだいぶ久しいってのに。実感なんて湧くはずがない。

自分がホモだなんて。





俺は彼女のことだって、ちゃんと好きだと思ってる。勿論身体も含めて、だ。

女に対して欲情できるなら、それこそ俺がホモじゃないという証拠なんじゃないか。

てことは、バイ?

なんかホモよりまだ救われる気がするのは、俺が汚い奴だからなのかな。

俺にこんな激しいキスをされて抵抗しない君も、実際ぐるぐる悩んじゃったりしてるんだろうか。

そうだといいな。

ホモとかバイとか。他にもたくさん。自分だけがこんなに悩んでるなんて、なんだか癪に障るから。





にわかにバランスが崩れて、ソファのスプリングが軋んだ音を立てる。

縺れるように倒れ込んで。隆一の頭がクッションの上に落ちた時、弾みで舌を軽く噛まれた。

ピリっとした痛みが走って、そこでようやく唇を離した。

至近距離で君を見下ろす。

こんなのは初めてだ。

無茶な口付けのせいで君の唇は赤く腫れて。

それが唾液で濡れ光っている様は、さっきのダークチェリーを連想させるからおかしい。

隆一の目は見開かれたまま、真っ直ぐに俺を見上げてきて。決して逸らされないその眼差しが、恐れているようにも期待しているようにも見えたけど。嫌悪感や拒絶の色だけは、間違いなく無かった。そう信じたかった。

それでも。かろうじて、君が嫌がってはいないのだとしても。

まずいことになったと思う。かなり。

今日。俺が君を呼んだのは、ふたりできちんと話をするためで。

そうだ。さっきの君の質問。

面と向かって核心に迫ってきた、あの質問。俺はまだ答えていない。

答の代わりにキスしたなんて言ったら怒るかな。怒るよな。

それどころか。こんな風に押し倒したりして。

いや、まさか。間違っても今この場でやろうなんて思っちゃいない。当たり前だ。

だって男同士のやり方って。挿れるところなんて一つしか無いわけで。

慣れるとかなり気持ちいいなんて話、聞いたこと無いわけじゃないけど。

だからって無理だ。挿れるのも挿れられるのも。想像しただけで正直きつい。

てか隆一とセックス?

服を脱いで。裸になって。抱き合って。

いろんなところにキスして。舐めて。突っ込んで。突っ込まれて。

ありえない。マジでありえないと思う。

たぶん。





取り留めも無く。そんなことを考えていたはずなのに。

いつの間にか自分が勃起し始めてることに気付いて、愕然とした。

なんで。

信じられない。





ソファの上に乗り上げた隆一の膝が、無意識だろうけど反応してる部分を掠めていって。

その小さすぎる刺激を追いかけて、もっと多くを求めてしまってる自分がいて。

もう何が何だかわからなくなる。

接触は本当に一瞬だった。でも隆一の表情が、気付かれないくらい僅かな、だけど確かな驚きの色を帯びたから。それだけで勃起してることがバレてしまったんだと察して。

ますます死にたくなる。

さっきのキスでも充分万死に値するってのに。ここまできたら、もう一生気持ち悪いものを見る目つきで軽蔑され続けることくらいは、いや俺の存在自体無かったことにされ兼ねないことまでは、鋭く覚悟した。

それなのに。

君はこんな状況にふさわしくないくらい、もの凄く穏やかな顔をしていて。

平静を装っているだけなのか、マジ危機感無さすぎなのか。わからないけど今はそれが過剰にせつなく感じて。

せつなさに呑み込まれて。暗く深い海の底に沈んだきり。動けなくなってしまう。

けれども。君の細く長い指が揺らめくように股間をまさぐってきた時には、さすがにびびって反射的に腰を引いた。

押さえ付けていた俺の腕が離れると、隆一はゆっくりと身を起こす。

そして





「してあげようか。」

口で。





確かにそう告げた。

ひどく大真面目な口調が。音楽の話をしてる時の君と、全く同じだったから。

何の事を言ってるのか、最初はわからずに。でも次の瞬間には、脳天を突き刺されたような衝撃とともに全てが理解できて。

俺の方が、信じられないものを見る目つきで君を見つめてしまったと思う。







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