IR続き物

□ H ノースマリンドライヴ/2
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人間の欲望には果てが無い。なんて。

そんなごくごく当たり前の。ありふれた真実に。今更、気付かされるのは。

きっと。隣に君がいるから。





古びた廃屋で。抱き合って。キスをして。

二人並んで。朱く染まった海を見て。

手を繋いで。

たったそれだけのことで。さっきまでは。確かに満たされたと思えたのに。

ハンドルを切る帰り道。今はもう。次に起こることで頭がいっぱいになっている。

いや。下心とか。エロい妄想とか。いわゆる「そういう」展開を期待してるんじゃなくて。

このまま外で食事でもして。隆一を家に送って。俺はそのまま部屋に戻って。

そういうのがきっと。善き友人としては、正しいシナリオなんだろうけど。

頭をいっぱいに埋め尽くすのは。ただひとつ。

できればもう少し。一緒にいたい。

それも。ふたりきりで。

わかってる。こんなの激しく理性的じゃない。

相手には家庭があるんだし。仕事の無いこんな時間くらい、早く帰してあげた方がいいに決まってる。

わかってるのに。それでも。

今日だけでいいから。まだもう少し。隣にいたい。なんて。

理性的じゃない上に。まったく筋が通ってない。

つか。こんなのは。らしくない。

君が隣にいるだけで。俺は自分でも知らなかった自分に、日々気付かされることになって。

正直。多々困惑してもいるのだけれど。

それでも、君のことを。自分のことを。もっと知りたいと思う気持ちは止められないから。

都心が近付いて。いよいよ本気で、どうするかを決めなければいけない段になってきて。

ここでさらりと。「うちに来れば。」なんていう誘い文句をごくごく自然に吐けるなら。苦労はしないわけで。

結局。

今や完全に決断力を失った俺の頭は、君にタクトを預けるという消極的な結論を導き出した。

「隆ちゃん。これからどうする?」

これから。そう。君に予定が無いとも限らないわけだし。

「飯でも食う?その後でよければ、俺、送るけど。」

せいいっぱいだ。これ以上は勘弁してほしい。

もう完全に黒く沈んだ。窓の外を見ている君の表情は。ガラス越しでは確認しづらい。

「いのちゃん、車だから。外だとお酒飲めないよね。」

「ああ・・・うん。まあね。」

「だったらさ。」

隆一はなんでもないことみたいに。本当に。自然に。

「いのちゃんち。行きたいかも。」

流れるように。そんな言葉を告げるから。

危うく。ブレーキとアクセルを踏み間違えるところだった。

「人が多い所、嫌だし。」

なんか後から言い訳みたいに。口早に付け足した隆一が。ちらちらとこっちの様子を窺うように、さりげなく視線を送ってくるのがわかって。

なんて言うか。

これって。かなり相当。恥ずかしくないか。

運転に集中してるふりで。頑なに前ばかり睨み付けてたのは。

恥ずかしくて。君の顔なんかとても見れたもんじゃなかったからだ。

君の指揮する音色は。しばしばびっくりするくらいまっすぐで。簡潔で。

その容姿に似合わず。俺なんかよりずっと。男気溢れているんじゃないかと思ったりもする。

それでも。互いに同じことを望んでた、君の感情が。聴き慣れた音楽のように体内に流れ込んでくるのは。とても心地良くて。温かで。

とりあえずこれで。あともう少しは一緒にいられる。なんて。

そんな安堵感と高揚感を押し隠すのに。今は必死にならざるを得なかった。

「じゃあ。俺のうちで飲もうか。」

まったく。いい大人が。どうかしてる。

本当に。





俺の部屋に来たいと言った。君に他意は無いのだとしても、だ。

部屋にふたりきりのこの状況は。例のあの時以来なわけで。

ぶっちゃけソファが目に入るたび。条件反射的に。君とのあれを思い出したりもしてたわけで。

そんな曰く付きの席を再び勧めるのは気が引けて。どうしようかと逡巡してる間に。

君はさっさと腰を下ろしてた。

あの時と。全く同じ位置に。

「あー、お腹すいた。ピザとらない?」

軽く伸びをして、早くも買ってきたつまみやら酒やらをごそごそと漁ってる。

色気なんかまるで無い。警戒心すら皆無な、君の様子に。

ちょっとだけ。拍子抜けした。

意識してたのは俺だけだったのかな。

あんなことがあったこの部屋で。君とふたりきりで。また妙な雰囲気になったりはしないかって。

君がいつも通りの隆一でいてくれるなら。俺もいつも通りにしてればいいんだって。確信が持てる。

少しだけ飲んだら。後はタクシーを呼んでやろう。

なんとなく。今日はそれだけで上出来だと思った。

そうだ。君の言葉を聴けただけで。きっと今日は。

残念だなんて。思うはずが無い。





音楽の話とか。仕事の話とか。

最近観た映画とか。ライブとか。メンバーのこととか。

とりとめも無いことを絶え間無く話してるうちに。すっかり遅くなってしまったのは。断じて計算なんかじゃない。

日付が変わるまで。あと45分。

君が帰る気配は。微塵も無くて。

今も。ほろ酔い気分なのか上機嫌で。身振り手振りを交えながら。ライブの時にあった裏話なんかを、披露してくれちゃったりしてるわけだが。

どうしてか。君が楽しそうにしていればしているほど。俺の方が気を揉んでしまって。

やっぱり。君のことを待ってる人がいるって事実が。心のどこかに引っ掛かってるんだと思う。

君がさっき。たぶん家の人に電話してる姿を。

キッチンから戻ってきた時に。うっかり見てしまった。そのせいかもしれない。

君は携帯の向こうに。「ごめんね。」って。謝ってた。

俺だって。無理はしたくないし。

させたくない。

ずるい大人の知恵なのかもしれないけど。

必要条件なんだ。少しでも長く。君の傍にいるための。

「隆ちゃん。」

「ん?」

「もう遅いし。そろそろタクシー呼ぼうか?」

君の表情が。はしゃいだ笑顔のまま一瞬動きを止めて。

「まだ。いいよ。」

すうっと波が引くように。穏やかで柔らかいものに変わる。

「今日はね。朝まででも。大丈夫だから。」

その言い方に。いやらしい響きなんか。当然ながら、あるはずも無く。

そう。これっぽっちも無いはずなのに。俺はと言えば。

今座ってるソファの上で起こった、君との一件だとか。君に似た、ホモエロ動画の男優だとかが。

そりゃあもう。恐ろしい勢いで。記憶の引出しから氾濫してきて。

「や。でも俺のうち、ベッド一つしか無いし。」

そんな台詞を。口に出してしまってから。気付いた。

これじゃあ。告白してるも同然じゃないのか。

一緒のベッドで寝る想像をしてしまいました。

なんて。

いやらしいのは。間違い無く自分の方だ。

俺が自ら掘った墓穴に激しく後悔してることに。気付いてるのか気付いてないのか。隆一は。

「いいよ。ソファで。」

だらしなく手足を投げ出して。すっかり寛いだ様子で。笑ってる。

「朝まで飲んでたっていいんだし。」

そんな挑戦的な台詞を吐いたくせに。君ときたら。

それから30分もしないうちに。眠くなっただの。風呂に入りたいだの。

まるで自分の家みたいに。自由を通り越して、わがまま放題の要求をし出すものだから。

仕方なく、というより。もはや半ば呆れてしまって。

コンビニで歯ブラシを買ってきて。風呂を沸かして。俺のスウェットを貸してやって。

それだけしてもらいながらも。家主である俺をソファに寝かせるのだけは嫌だと譲らない隆一に、おかしな奴だと閉口しつつ。

せめてもの妥協案として。うちにある中で一番厚手の毛布を手渡してやった。

「ありがとう。」

おやすみ、と言って微笑む隆一は、心底満足げだった。

それを見てたら。なんだかもう。どうでもいい気分になって。

しばらくぶりだった。彼女以外の人間を、こんな風に泊めるのは。

少しだけ。昔を思い出す。

あの頃は。こんな広い部屋に住んではいなかったけれど。

隆一が毛布を被ったのを見てから。寝室に行き、灯りを消して。ベッドに潜り込む。

同じものを使ったはずなのに。君の身体から立ち昇る石鹸の香が。いつまでも纏わり付いている気がして。

壁を隔てたすぐ向こう側に。君が眠っているなんて。それだけで。

なんだか。すごく。落ち着かない。

それでなくても。今日はいろんなことがありすぎた。

痛いくらいに瞼を閉じて。今日あったこと。全部を思い出そうとしてみる。

君と行った海の青さとか。潮の匂いとか。朱い夕陽とか。

君のなみだとか。

そんなもの全部が。つい数時間前の出来事なのに。まるで夢だったみたいに。薄ぼんやりとして。

君の髪の匂いも。腕の中に閉じ込めた時の体温も。鼓動も。

もう。すぐそこにあるようには感じられなくて。秒刻みで確実に。過去になってゆくのを止めることなんかできなくて。

けれど。本当に夢になってしまうのは嫌で。薄れてしまうのが嫌で。必死で反芻しながら、零れ落ちてく記憶を繋ぎ留めようとしてるうちに。

いつしか。意識は浅い眠りをたゆたうように。

暗がりへと。引きずり込まれていった。








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