IR続き物

□ I メルトダウン
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「うち、寄ってく?」

ほんとに、もう。人生、初ってくらい。

自分にできる、精一杯のさりげなさを装って。口にした。台詞に。

同じように、精一杯のさりげなさを装って。困った顔を隠した。君は。

「今日は。やめとく。」

ごめんね、と。

お互い。なんでもないふりをしながら。

その実。俺と君は。全く、同じ事を考えている。

執拗に。

静止した時間を、試すみたいに。






あれから。

俺と君との日々は。ただ、穏やかに。流れて行った。

ふたりだけで会うことも。以前より格段に、多くなったし。

まあ。『デート』なんて単語は。こっ恥ずかしいから、使いたくないけど。

これまでみたいに、食事に行ったり。飲みに行ったり。

そんな、感じで。

あの海にも。何度か、足を伸ばした。

最初に訪れた時と違って。君は、実に。よくしゃべった。

それから。

別れ際には。どちらからともなく、キスをする。必ず。

さすがに。深いのは、なかなかできないけれど。

人目を忍んで、唇を重ね合わせる。その瞬間は。

それだけで。充分、俺を興奮させたし。

実際。すごく、気持ちよかった。

だって。

その日。最初に、君を見てから。

ずっと。触れたいと、思ってるんだ。いつも。

人前じゃ、手を繋ぐことさえできない。ふたりだから。

最後に、ほんの少しだけ訪れる。ささやかな接触が。

なんだか、嬉しくて。堪らない。

君とのキスも。いつの間にか、数えきれないくらいになって。

さすがに、慣れてはきたけど。全然、飽きたりしないんだから。

不思議だ。

ただ。

それ以上のことになると。途端に、君は。臆病で。

俺の方は。ふたりで迎えた最初の朝に、覚悟を決めたつもりだったんだけど。

セックスなんて。単なる、身体的接触で。

それ自体が、初めてってわけじゃないんだし。

所詮。心と身体は、別なんだし。

だから、たいしたことじゃない。

そんな風に考えられれば、よかったのかな。俺も、君も。

失うものの。傷付くものの大きさに。きっと、想像の限りを尽くし。

俺に無理を強いて。その上、失望させてしまう。

後悔。させてしまう。

それを。何より、恐れている。

自分自身が、傷付くことよりも。恐れている。

そんな、君の気持ちが。手に取るように、わかる気がする。

君は、あの日以来。

一度も。俺の部屋に、寄ってはくれないから。

でも。

俺は、決して。焦ってなんか、いなかった。

なんて。

そんなのは。自己欺瞞も甚だしく。

冷静になってみると。

やっぱり、俺は。間違い無く。焦っていたんだと思う。

君の欠落した部分が。こうしている間にも。

俺以外の誰かに。埋められてしまうんじゃないかって。

満たされて、しまうんじゃないかって。

ただでさえ。君の傍には。

君のことを、想ってやまない。大切な人の、存在があるから。

それに。

俺は、まだ。一度も、聞いたことが無いんだ。

君が。俺のことを。

どう、思ってるのか。

いい年こいて、『告白』 がほしいなんて。アホかって。自分でも、嫌になるくらいわかってるんだけど。

そんなこと、あえて言葉にしなくても。充分すぎるくらい態度で示してるって。反論されたら、それまでなんだけど。

でも、やっぱり。

聞きたいと、思う。

君にも、俺と同じくらいの気持ちで。俺としたいって、思っててほしい。

俺ばかりじゃなくて。君の方も、ちゃんと。

俺のことが、ほしいって。

そう、思ってることを。言葉で確認したい。

なんてのは。やっぱり、贅沢な願いなんだろうか。

例の喫茶店での。あんなんでも、『告白』 と呼んでいいなら。かなり早い段階で、俺の方は気持ちを告げてしまったわけだし。

自分ばかり、言わされてるみたいで。なんとなく悔しかったのも、事実で。

いくら、君が。人一倍頑固な上に、怖がりだからって。

そろそろ。折れても良い頃なんじゃないのかなあ。

そんな風に。

少なからず。不安の種があったからこそ。

すっかり油断して。ふわふわしていた足元を。

いつだって。あっさりと、掬い取ってゆくのだ。

トラブルと、いうやつは。






事の発端は。あきれるほど、些細なものだったんだと思う。

誰だって。過ぎてゆく日常の中で、気分の浮き沈みはあるだろうし。

いらいらしたり。くだらないことでムカついたり。正当な理由さえ、あったり、無かったりして。

だから、ほんと。あれは、タイミングが悪かったとしか。言いようがないんだ。

たまたま、ひどく気分がささくれ立っていた。それが。

君と会う約束をした。まさに、その日だっただけで。

いや。

本当のことを、包み隠さず明かすなら。

君と会う、前日の夜。

俺は彼女から、平手打ちをくらった。

それだって。君とのことが、原因みたいなもので。

確かに。

物理的時間なんて。限られたものには違いないから。

君と会う時間が増えれば。必然的に、その他の自由は減るわけで。

そんな、当たり前のこと。普通なら、絶対見逃したりしないのに。

君と、色々あったことで。舞い上がったり、焦燥に捕われたりしてた。自分は。

うまく、バランスを保ってるつもりが。実際、そんなつまらないことにも、気付けないくらい。

マジで、いっぱいいっぱいだったんだと思う。情けないけど。

とにかく。

ここんところ。彼女と過ごす時間が減ってたのは、紛れも無い事実で。

だてに、短くない付き合いをしてたわけじゃない。

彼女は、ヒステリックに喚き散らしたりはしなかったけど。

それよりも。もっと、ずっと。恐ろしい台詞で。

俺のことを。追い詰めてきた。






すきなひとでも、できた?






まるきり棒読みみたいな、その問いかけに。

俺は、否定の言葉を。返すことができなかった。






風船の割れるような。気持ちいいくらい、大きな音が。耳元で響いて。

くるりと背を向けた。彼女は。

何も言わず。そのまま、部屋を出て行った。

頬に残る。じんわりとした、鈍い痛みと熱だけが。

残像みたいに。ひたすら、俺を。糾弾し続けていた。






女の勘って。ほんとにあるんだって。

まさか。こんなベタな形で、実感することになるなんて。夢にも思わなかった。

俺が 『浮気』 してる、なんて。ほんのわずかな言動の異変から、そんな結論を導き出したんだろうから。

恐ろしい。

やっぱり、俺が悪いのかな。

悪いんだよな。

いずれ、このままじゃいられなくなるのを。わかっていて。

どうするかを、決めなければいけない。その時が来るのを、知っていて。

俺は。放置していたんだから。

痛みを感じるのが嫌で。先延ばしにしようとした。

自業自得だ。

本当なら、すぐにでも追いかけて。思い付く限りの、謝罪と弁解の言葉を並べて。

最後には、好きだと言って。

部屋に連れ帰って。ベッドまで直行して。

いつも以上に、優しく。丁寧に抱いてあげたら。ごまかせたかもしれないのに。

そうやってきたことも。幾度となく、あったはずなのに。

今度ばかりは、どうしても。

追いかけることが。できなかった。

『すきなひとでも、できた?』

そう、問い詰められた瞬間。

頭の中に。

君の顔が。浮かんでしまったから。






傷付くのが、怖かったのは。

他人を傷付けるのが、怖かったのは。

俺も。同じだったんだ。

君と。






必死になって、冷やした頬は。その甲斐あってか。

一夜明けた、次の日には。すっかり腫れも引いて。

とりあえず、俺は。その現実に、安堵した。

君に気付かれるのだけは、避けたかった。

何があっても。絶対に。








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