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□ピクトリヱル/アナトミカ 2
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墨色の髪と、蒼白い肌。

触れる手のひらの下。さらさらと滑り落ちる。

瞳の色も、髪と同じ。

漆黒で、深い。

痛みを知る色だ。

皮膚の下の硬い骨。

突き出した肩甲骨。

翼の名残。

差し伸べられる、細長い指。

切り揃えられた、短い爪。

低い体温。

キャンバスに創造される、隆一。

筆を滑らせ、恋をする。

白い首筋。指の跡。

殺意にも似た、欲情の痕。

かすめるのは、まぼろしのにおい。

吸い込んで。止まる、心臓。






絵を描くこと。

今の俺にとって。それ自体が、目的と化していた。

他のことは、どうでもよくなっていった。

だんだんと、俺は。詞も曲も、書くことを忘れた。

音を奏でることを、忘れた。

不思議なことに。

俺の感情に応えるかのように、隆一もまた。この部屋を離れることが、無くなった。

初めて、身体を重ねた。

夢を現実に変えた。あの日から。

「お前、仕事いいの?」

「うん。少し、休みもらった。」

バスルームで。小さな浴槽を分け合いながら、そんな会話をした。

濡れた髪を撫でてやると。嬉しそうにすり寄ってくるのが、愛しかった。

「家には?帰らないとまずいんじゃね?」

「ちょっとね・・・あんまり、うまくいってなくて。」

視線を逸らし、気まずそうな顔をする。

「でも、ちゃんと連絡はとってるから。大丈夫。」

家族に、どう説明してるのか。

気にはなったが。余計な詮索だと思い、それ以上は追及できなかった。

それに。

今、出て行かれたら。俺の方が困る。

絵が、描けなくなってしまう。

身勝手な懸念をよそに。隆一はいつまで経っても、俺の傍を離れようとしなかった。

思うように、絵筆が動かない時も。

「焦らないで。」と。

変わらぬ微笑みを、浮かべる。

「時間は、たっぷりあるんだから。」

時間。

隆一と、過ごす時間。

創作と。セックスと。

安息。

あまりに濃密で。錯覚してしまいそうになる。

これは。永遠なんじゃないかと。

そんなこと。

ありはしないのに。

「ねえ。しようよ。」

描く作業が一段落すれば、ベッドに誘われる。

「手、洗ってくる。」

「いいから。そのまま、して。」

隆一は。絵の具に汚れた指で、触れられることを好んだ。

始まりが、そうだったからかもしれない。

なめらかな肌が。混ざり合って、何色ともつかなくなった色彩に染められる。

隆一そのものが、まっさらなキャンバスのようだった。

「潤に、よごされちゃった。」

嬉しい。

顔料と汗と精液で。どろどろに溶けた肢体を、見下ろして。

また、ひとつ。

描きたいものが、増えた。

セックスをするたびに。新たな色彩の、隆一を知る。

心と身体に刻み付けられたイメージは、創作の糧となり。

対象と向き合い、絵筆を握ることで。他の何物にも替えがたい、安息を得る。

どれが欠けても、成立しない。

隆一の中に潜む、無限。

もっともっと、暴きたい。

終焉は、必ず訪れるのだとしても。

それまでは。せめて。








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