JR@

□鳴らない、ファズ・ギタア。
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ある雪の降る午後、隆一はやって来た。






どこか遠慮がちに鳴らされた、インターホンの音を。そいつだと直感するのは。

奴の醸し出す独特の空気が。もうすっかり、俺の肌に染み付いてしまったせいなのかもしれない。

モニタを確認すると、やはり。所在無さげに立ち尽くす隆一の姿がある。

思わず、ため息が洩れた。

今日も、また。

きっと、同じことが繰り返される。

ドアを開けてやると、隆一は。赤くなった頬を綻ばせる。

駐車場からここへ歩いてくるまでに、冷えてしまったのだろう。

寒さのせいか。それとも何か、別の理由のせいか。奴の笑顔は、ぎこちなく。

どこか、怯えているようにも見えた。

「これ、返しに来た。」

それだけ言って、手にした紙袋を差し出す。

確認せずとも、中身はわかる。

2週間ほど前。俺が奴に貸してやったCDだ。

隆一は、いつもこうして。家まで返しに出向いて来る。

もう半年も。こんなことが続いている。

そして。

続いているのは。それだけじゃない。

「入れば。」

いつものように、俺は促す。自分からは決して上がりたいと口にしない、隆一を。

「お邪魔、します。」

おずおずと躊躇いがちに足を踏み入れる、奴の背中を。軽く押すように、そっと触れた。

途端にびくりと強ばった背筋の動きが、俺の指先にかすかな余韻を残した。






借りたCDを、自分でシェルフに戻している。隆一の背中に声をかける。

「コーヒー飲むか?」

「お構いなく。」

次に借りてゆく音源でも物色しているのか。やけに弾んだ声が返った。

それきり、かける言葉も見つからず。口を閉ざすしかない。

半年も、こんなことを続けているというのに。

思えば。交わした言葉のあまりの少なさに、愕然とする。

そして。また。

同じことが、繰り返される。

それだけだ。

愚かにも。

真剣にディスクを選ぶ。無防備な後頭部を見つめながら、ゆっくりと近付いた。

隆一は。一枚のアルバムを手にしている。

フーファイのファースト。

俺にとっては、何かと関係性の深い一枚だが。特に新譜でもなんでもない。

奴だって、既に聴いたことくらいあるだろう。

そんな。定番中の定番だ。

後ろから腕を伸ばして。ディスクを持つ白い手を、自分の手のひらで包み込む。

瞬間、驚いて跳ね上がる肩を見て。ぞくぞくするような昂ぶりが、全身を駆け抜けた。

幾度となく確かめた。そう。この感覚。

指を握り込んだまま振り向かせて。肩を押して。

一気に顔を近付けると。隆一は。

無理矢理、笑おうとして失敗した。おかしな表情を取り繕えぬまま。

俯いて。消え入りそうな声で。

「次、これにする。フーファイの」

「ファースト。」

台詞の続きを奪い、素早く唇を寄せた。

反射的に。避けるような仕草で、顔を背けられる。

気に入らない。

顎を掴み、強引に上向かせて。

掬い上げるように、無作法な口付けをした。

白く薄い唇は。まだ冷たいままだった。

ひんやりと清浄な、外の匂いをたっぷり吸い込んだ。隆一の身体。

嫌いじゃない。俺は。








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