JR@

□そして、互いに臆病な。
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心のどこかで、俺は。

いつか、こんな偶然に見舞われることを。待ち望んでいたのかもしれない。

そんな。郷愁にも似た感傷を抱いたのは、きっと。

海沿いを、走る。この景色が。

あまりにも、必然じみて。美しかったから。





いくらなんでも。突然すぎる。

全く。なんの準備も、できちゃいない。

陽が沈む、窓の中で。

隆一は。長く伸びた前髪を、気にしている。

間違いじゃない。

色気というよりも。やけに幼く、映る。

その仕草は。昔と、変わらなかった。

今は、笑っていない。愁いを帯びた、虹彩も。

幾度と無く、その柔らかさを確かめた。唇も。

全部。あの時の、ままだ。

全くと言っていいほど、人影の無いこの路線に。乗ろうと思い至ったのは。

ごまかしようも無く。昔を、思い出したからだった。

貴重なオフを、費やしてでも。訪れたい場所が、あった。

隆一も。同じだったのだろうか。

このバスを、降りてしまえば。

互いに、また。別々の日常へと、帰ってゆく。

隆一の左手の、薬指には。

シンプルな銀色の輪が、冷たい輝きを放っていた。

いつもは、はずしているくせに。今日に限って。

それを。形の良い指ごと、切り落としてやりたい衝動に駆られる。俺は。

やはり。頭がいかれてるのかも、しれない。

身体も、心も。

隆一へと、向かっていた。

あの頃には。

もう。戻れるはずも、無いというのに。





俺達が、向かうのは。

死者が埋葬されている。その場所だ。

俺と、隆一が。ともに過ごしていた、あの頃。

ほんの数日間だけ。家族であった、そいつの。

今は、もういない。そいつの墓石に。

思い出したように。花を、手向けようとしている。

永訣の、明日を迎えるため。





バスの速度が。落ちてゆく。

藍に染まり始めた、夕空が。ゆっくりと、通り過ぎ。

やがて。完全に、静止した。

また、停留所一つ分。離れゆく刻に、近付く。

何か。

言葉を、交わさなければ。いけない。

そう。叫ぶのに。

俺も、また。

もうすぐ消え去る、海辺を。視界の端に、収めながら。

ただ、一言も。発せずにいた。

あの頃。

何も、恐れること無く。触れていた。

その、白い手が。今は。

こんなにも。遠い。

かつて。その場所には。

俺が、誕生日に贈った。決して、華奢とは言い難いリングが。

まるで、それが当たり前のように。収まっていた。

何もかも。昔の話だ。

いや。

過去、じゃない。

今、確かに。隆一は、ここにいる。

二人だけの。この空間に。

突然。

発作的に。何もかもを、壊してしまいたくなった。

今、ここにいる。隆一を。

さらって。

この瞬間を。永遠に、終わらせないように。

この、瞬間が。

過去になってしまう、その前に。





身体を、寄せると。

窓際に座る、隆一の肩は。びくりと震えた。

熱い。

服の上からでも。かつて溺れた肌の熱さが、伝わってくるようで。

全てを。捨ててしまいそうになる。

隆一が、望むなら。

俺は。





手のひらを、重ね。強く、握った。

二つの熱に、挟まれた。銀の輪は。

あっけなく溶けて、消え去る。初春の雪のように。

いつしか。その冷たさを、失っていた。





暗い、トンネルの途中。座席の背もたれに、隠れて。

奴の唇に触れるのは。数年ぶりだということに、気付く。

どうして。

離して、しまったのだろう。

あの頃の、自分の決断が。

今は、もう。遠く。

わからない。





次の停留所で。衝動的に、バスを降りた。

俺の手を。

隆一は。振りほどかなかった。








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