JR@

□ 晴 れ た 眠 り
1ページ/1ページ







目が覚めると。外は。

みぞれ混じりの、雪だった。






僕らの住む街に。ひとつめの雪が降った、その夜。

僕は、はじめて。Jと、寝た。

自分が、同性愛者だなんて。もちろん、想像すらしたことはなかったし。

君なんかは、むしろ。それに関しては、否定的な意見しか持っていないとばかり。思っていたから。

突然、こんなことになって。

僕は、とても。驚いている。

Jは。僕の中に、入りたがっていたけれど。

当たり前のように。それは、うまくいかなくて。

痛みとか。恥ずかしさとか。

できる限り、頭の中から追い払って。乗り越えて。

ふたりして。なんとかしようと、頑張ったのに。

どうしても、できなくて。無理だった。

喉が渇いた僕は。慣れない壁紙に眼を凝らしながら、身体を起こす。

隣にいる、君の瞼は。閉じられたままだ。

ベッドの下に、散らばっている。シャツやら下着やらをかき集めて、身に着ける。

夜明け前の、薄闇の中。ソックスだけが、どうしても見つからなくて。

フローリングに降りた裸足が、ひやりとして。震えた。

なんとなく、向かってみた。バスルームの鏡に映る、自分は。

まるで、なんの変哲も無い。いつもの僕、そのもので。

恐る恐る確かめた、首筋にも。胸元にも。痕のようなものは、見当たらなかった。

君と寝たことが、夢だったみたいで。

信じられない。

部屋の空気は、すっかり冷えきっていて。喉が、ひりひりと痛む。

裸のまま眠ってしまったことを、今更後悔しながら。思い返す。

眼を開けた時、一番最初に見えたのが。穏やかな、君の寝顔と。

僕の身体を包み込む。力強い、両腕だったことも。

思い出して。どうしてか。

少しだけ。僕は、泣いた。






君の部屋の窓から見える。みぞれは、いつしか。ちゃんとした、雪に変わっている。

冷たい水で、喉は潤ったものの。ますます、身体が冷えてきて。

ベッドの中に。戻りたい。

でも。君が、目を覚ましたら。

いったい。どんな話を、すればいいんだろう。

貴重なオフを、僕の観たい映画に付き合ってくれると言った。ひと月前の君。

約束の3時間後に、現れて。その上、一言の謝罪も無かった。12時間前の君。

映画なんて。とっくに、終わっていた。

責めることが、できない。僕。

「ごめんなさい」を、言えない。君。

カフェの窓を撫ぜる雨は、弱々しくて。無口になった僕たちは、いくつもの呼吸を繰り返し。すれ違わせるだけで。

「帰るか。」

到底、誘われているようには聞こえない、君の言葉に。僕は、ぎこちなく頷いて。

重く垂れ込める、鉛色した空の結末に。飛び出して、ふたり。

ただ音も無く、重ね合って。濡れた。






君の過ごす空間で、僕は。時計の音さえ、聞こえない。

静寂が満ちた部屋。持ち主の愛着に彩られた物たちを、観察する。

誰もが持っているような、CD一枚にさえ。君というひとの面影が、見え隠れするようで。

気付かぬうちに。僕は、笑顔になっている。

昨日の夜は。部屋の中を見渡す余裕さえ、無かった。

「服、脱げば。」

ベッドに腰掛けた、君の。目の前で。

ぐっしょりと湿った服を。一枚一枚、皮膚から剥がす。

君は、どこか虚ろな表情のまま。僕のすることを、ぼんやりと見つめている。

死んでしまうかと、思うくらい。恥ずかしかった。

僕に、こんなことをさせる。君の気持ちが、わからなくて。

言われるままに、こんなことをしている。僕の気持ちも、わからなくて。

外は、まだ。ささやかな雨の下にある、はずなのに。

どんな水音も、届いてはこない。

「隆。」

名前を呼ばれて。

覆い被さる。君の顔を、上に見て。

哀しくもないのに。僕は、また。

ほんの、少しだけ。涙を落とした。






一通り、部屋の中を散歩し終えてから、寝室に戻ると。煙草の匂いがする。

枕を背に、起きて。ゆるやかに煙を吐き出す、君は。窓の外を、眺めている。

僕に気付くと、火の点いた先を灰皿に潰し。微笑んで、手招きをした。

ためらいがちに、傍へ寄れば。君の肩にかかっていたシーツごと、腕の中に巻き込まれる。

やっぱり。

服なんて。着なければよかった。

そうしたら。

君の肌の熱さを。もう一度、感じられたのに。

「空、みたいだよな。」

囁いて。君が指し示す、その先には。

まだ、みぞれだった頃の雪がつくった。少し大きめの、水たまりが。

コンクリの上。ひっそりと、残されている。

その表面は、鏡のように鋭利で。遥か頭上にある灰色を、映しとっていた。

「落ちてきた雪が。空の中に、還ってく。」

小さな発見に。はしゃいだような、君の声と。

おぼろげになった、香水と。煙草の匂いに包まれて。

生きていることの、罪悪も。今は、忘れて。

この世界に、生を受けたばかりの。子供みたいに。

雪よりも。白く。

「映画さ。」

「うん。」

「明日。また、行こう。」

崩れてしまいそうなくらい、嬉しかったのに。

強く、抱き寄せられて。言葉には、ならなかった。

ただ、僕は。

君と居た、この過去を。

溢れ出す、想いを。

きっと、一生。忘れないのだと、思う。

舞い落ちた結晶は。君が言う、もう一つの空へと。還ってゆく。

だから、彼らは。消えることなく。ついえない。






視線を移せば。思い出したように笑う、君。

そうして、降りてきた。くちづけは。

モノクロだった、僕の空に。鮮やかな、青い色をつける。

いつか。

君の空にも。僕を遺せる日が、来るのかな。

ちっぽけな革命をほしがる。僕は。

君という、光。それ以外の、すべてを。棄てた。

ある、晴れた。粉雪の、朝。






君がくれた。あおいそらを、だきしめる。








[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ