JR@
□恋する愛妻家
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誰だって。自分が不幸だとは、思いたくないし。
幸せなんだって信じたくて。そう、思われていたくて。
だから。
少しだけ、僕の話を聞いてほしいんだ。
幸せだって信じたい。僕を、救ってほしいから。
話っていうのは、僕の。
なんて言ったらいいんだろう。とりあえず、友達のこと。
名前は、おのせじゅん。
みんなには、「J」って呼ばれてる。
彼とは十代の頃に出逢って、バンド組んで・・・って。それはみんな知ってるだろうから、いいか。
だったら、そう。Jと僕との関係が、他のメンバーとはちょっと違って、微妙だったのも。みんな、知ってることなのかな。
でも、まあ。そんなことは、昔の話で。
今は、二人とも大人だし。
それどころか、40歳にもうじき手の届く。お互い家庭も持って、一家の大黒柱として立派にやっていかなきゃいけない立場だし。
いつまでも。くだらないわだかまりなんて、抱いていられない。
うん。周りが思ってるようなわだかまりは、とっくに消えたと思う。
ただ。
僕たちの間には。誰にも言えない、秘密がある。
それが、微妙だった距離を近付けるのに、一役かったわけでもあるんだ。
はじまりは、Jの方からだった。
酔った勢い、みたいなふりして。
猛獣みたいに、突進してきて。
僕の上に覆い被さって、はあはあ言ってる姿が。おかしくて。でも、怖くて。
本当に、食べられるかもしれないって思った。
結局。食べられはしなかったけど。
服を全部脱がされて。信じられないところに、信じられないものを突っ込まれた。
それが、Jとの最初のセックス。
僕は、全然。これっぽっちも、良さがわからなかったけれど。相手は、大層気持ちよかったみたいで。
それから。暇さえあれば、なんとなく会って。そういうことをするようになった。
もちろん。Jが真性の変態だったりしたら、僕だって、こんな付き合いしていない。
Jは、特別うまくはなかったけれど。その嗜好は、至って普通で。
SMとか、くすりとか。危ないことを、求められたりはしなかったから。
それに。あのJくんが、僕のことをそんな眼で見ていたなんて。
もっと、ぶっちゃけて言うなら。僕のからだで勃起するなんて事実が、おもしろくて。
だから、なんだか。わくわくするゲームみたいな気持ちで、僕の上で必死に腰を振るJの顔を見つめてきた。
そんなことを続けていたら。いつの間にか、この年だ。
そろそろやめなくちゃなあって。考えたことは、一度や二度じゃない。
Jが結婚した時は。さすがにこのまま、自然消滅かなって思った。
でも。現実は、そうならなかった。
相変わらず、Jはちょくちょく連絡をくれて。(いつもは、花も寄越さないくせに。)
ホテルの部屋を予約して。お酒を飲んで、一言二言話して。
それから。セックスをする。
いくら遊ぶのが好きでも、わざわざ男を選ぶって、どうなんだろう。
どうにも解せなくて、前に一度訊いてみたことがある。
そしたら。
「生理もねえし。妊娠する心配ないから、楽だろ。」
最低の答が、返ってきた。
こんなの。君を神と崇めてるキッズたちには、とてもじゃないけど聞かせられないよ。
残酷だ。現実って。
つまりJは、僕じゃなくてもよかったんだ。
たまたま、むらむらした時に。手近にいたのが、僕で。
ちょっと試食してみたら、思いのほか、おいしかった。
そこで。晴れて現品お買い上げ、ってことになったんだろうと思う。
僕はいつだって。最後には、Jのしたいようにさせてきた。
嫌だと拒んだこともあるけれど。その時のJの、捨てられた大型犬顔負けの、しょぼくれた瞳を見たら。
ついつい。彼のジーンズのジッパーを開けて、持ち主同様しょぼくれたものを取り出しては。元気出してと言わんばかりに、口を使って慰める行為をしてしまう。
Jは、フェラが大好きで。
ついでに。こっちが寒々しくなるような言葉責めや、何も着けずに中で出すのも大好きで。
ほんと。単なるえろおやじにしか見えなくなる瞬間も、多々あるんだけど。
認めたくないものの。年齢的には、自分もおっさんだから。そこは我慢しておこうと、決めている。
そう。我慢できないのは、そんなことじゃない。
ぼろくそ言ってるように、聞こえるかな。
決して、Jのことが嫌いなわけじゃないんだ。
アーティストとしては、尊敬だってしてる。
嬉しかったんだ。本当は。
彼が、飲みに行こうと誘ってくれた時。
遠かった距離が、少しは縮められる気がして。
その後。まさかあんなことをするとは、夢にも思わなかったけれど。
あんなことを、したかったわけじゃないけど。
Jは、強引な時もあるけど。乱暴にされたことは、一度だって無い。
優しい人なんだ。
他人を、傷付けるようなことはしない。しないつもりでいる。こんな、僕でさえも。
きらいだ。
君のことは、嫌いじゃない。
でも。君の優しさは、きらいだ。
偽善的だと、思うのかもしれない。
胸の辺りが、もやもやする。いやな感じになる。
Jは。僕にだけ、優しいわけじゃない。
他の女の子にも男の子にも、同じように優しくする。
だから。きらいなんだ。
誰にでも、優しいなんて。
誰にも優しくないのと、同じだ。
Jと会うのは、いつもホテルばかりで。
たまには、違うところにも行ってみたくて。
普通に、話がしてみたくて。
だって、僕たちときたら。まともに会話をしたことなんて、無いに等しい。
変なの。
普段は人に見せないような恥ずかしいところまで、全部さらけ出してる仲なのにね。
Jの日常会話より、喘ぎ声の方が、鮮明に真似できる。たぶん。
そう。彼のからだのことなら、隅々まで知ってる。
皮膚の質感。ほくろの位置。日焼けした肌の境目。あそこの形。舐めてあげると、感じるところ。
なのに。
僕は、彼がどんな人なのか。なんにも知らない。
それって、ちょっとどうなんだろう。
そう思ったから。軽い気持ちで、映画に行こうと声をかけてみた。
実在するロック・ミュージシャンの人生を描いた、割とまじめっぽい映画。
断られるかな。
気持ち悪いって、思われるかな。
そんな、僕の予想を裏切り。Jの答は、いわゆる二つ返事ってやつで。
なんか、のりのりに見えたから。その時点で、警戒すべきだったんだろうけど。
なんだ。Jの頭の中も、えっちなことばかりじゃなかったんだ。なんて。
失礼な勘違いを反省して、僕はすっかり安心しきってた。
見終わってから、お互いの感想を交わしたりとか。そんな時間を、楽しみにしてた。
だけど。
この事件に関しては。誰が聞いてもJの方が悪いって判定すると、信じてるんだけど。
映画が始まってから、しばらく経った頃。
Jの手が、突然。僕の膝に、載ってきた。
最初は、何かの間違いかと思って。
どけようと掴んだ。その手は少し、高い温度で。
嫌な予感がし始めた、その間にも。ゆっくりと、蛇みたいに。上へ上へと這い上がってくる。
こんなところでまさか、と思うよね。
僕たちの両隣には、誰も座っていなかったとはいえ。
周りに気付かれるのが怖くて、Jの顔が見れない。
そればかりか。なんだか、気分が悪くなってきて。
吐くかもしれないなんて、思ったりもして。
とうとう。Jの硬い指先が、シャツの裾を押し上げて。腰骨の辺りに滑り込もうとした、まさにその瞬間。
長年培われた勘に、感謝するべきか。
僕の左手は。暗闇の中でも、迷うこと無くまっすぐに。Tシャツの上から思いきり、その部分をつねりあげた。
ピアスにぶち抜かれた、Jの乳首。
「いってえっ!!」
絶叫とともに、でかい図体が飛び上がる。
そのおかげで、けしからん手が離れた隙に。席を立って、逃げ出してやった。
もちろん。えろおやじなんか、独り置いてきぼりだ。
あの時は。映画館中の客に白い目で見られて、死にそうに恥ずかしい思いをしたと。後に、彼は語ったけれど。
『自業自得』が、これほど似合う所業も無い。
乳首だけで済んで、よかったと思え。
なに?
お仕置きにしても、ちょっとやり過ぎじゃないかって?
みんな、Jには甘いんだね。
わからないかなあ。
僕が怒ってるのは、単に公共の場でえっちなことをされそうになったとか。そんな理由だけじゃなくて。
あの後。Jからは、一言の謝罪も無かった。
僕がどんな気持ちで、彼を映画に誘ったのか。
どんな気持ちで、観に行くタイトルを選んだのか。
そういうのも何もかも。全部、無駄にされて。ぶち壊しにされて。
僕の気持ちなんて。
ああ。全然、無関心なんだって。
悔しかった。
傷付かないと、思われてることに。
傷付いた。
それで、満を持して。もっとすごい事件が、勃発してしまうのだ。
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