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□虚無に還る天使
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「ぶっ殺す」とか言われても、諦められないなんて。

つくづく俺も、往生際の悪いわからず屋だな。と、思う。

「鬱だ。」

俺のベッドを占領して、ネガティヴな台詞を呟く隆一の。

真っ黒な髪に。つやめいた、天使の輪。

ああ、もう。どうしよう。

かわいくて。キスしたいよ。






「死にたい。」

「手伝ってあげようか?」

「はぁ?誰が・・・いのちゃんなんかに。」

殺されてたまるか、と。

鼻であしらわれてしまった。

俺のことを、絶対好きにはならないくせに。

君が逃げ込んでくるのは。決まって、この部屋だ。

君が俺を嫌う理由がわかれば。

諦めたりできるのかな。

だけど。

一生、好きになってもらえなくても。

こうして。誰よりも、君の傍に居られるのなら。

いっそ。今のままでもいいのかな、と。思ってしまうんだ。

なんて、献身的なんだろう。俺。

自分の欲望を犠牲にしてまで、君の幸せを願うなんて。

あいつには。逆立ちしたって不可能だ。

感動しちゃう。

涙が出ちゃうね。






疲れた。厭だ。最悪。死にたい。

一時間ほど前から、4つの単語の使い回し。

ロキノン読んでるふりしてたけど、ちゃんと聞いてる。

君の声を聞き逃すなんて。

絶対に。あってはならない。

ベッドの上で、ごろごろと寝返りを打つ君を。チラ見してみる。

不思議な生き物だなあ。

あんまり見つめると蹴り飛ばされるから。気を付けなきゃ。

「ねえ、隆ちゃん。」

「なに。」

「前にさ。俺のこと、『ぶっ殺す』って言ったじゃん。」

「言ったっけ?そんなこと。」

覚えてないのかよ。

なかなかにショックだったんだが。

まあ、いいか。

「ひどいこと言うねえ、俺。」

天使の笑顔。

白痴みたい。

かわいくて。たまらない。

でも今は、無視して。

尋ねる。

「『殺されてもいいから、さわりたい』って言ったら。どうする?」

本当に。俺のこと、殺す?

それとも。






隆一の視線が、俺の顔の上で止まる。

受容なのか。拒絶なのか。

まるで、読めない表情。

凶暴な獣を、恐る恐る手なずけるみたいに。

ゆっくりと。ベッドの上に、身体を乗せた。

覆い被さって、唇を寄せる。

それでも、君は。じっと俺の顔を凝視したまま、微動だにしない。

痛いな。

偽らずに向けられる、虚無の感情が。

切り裂かれそうなくらい。痛くて。せつなかった。

なのに。君の唇は、とてもとても柔らかくて。あたたかで。

いとしさが、押し寄せる。

手に負えない。

うっすら眼を開けると。君の瞼は閉じられていた。

だから。何度も、繰り返す。

君と、キスをする。

舌を滑り込ませたら。微かな息を洩らして、君の指先が俺の肩を掴む。

器用なふりして。不器用なくせに。

お互い様か。

みんな。

好きな人と。結ばれたいだけなのにね。






「あいつと居ても、幸せになれないよ。」

「そうだね。」

「あいつは、隆ちゃんを好きにならないよ。」

傷付けるだけだよ。

「知ってる。」






隆一はまるで。違う種類の生物みたいに、わけがわからない。

なんとなく思うのは。君が、世界を恐れているということ。

君に好意を寄せてくれる他人も。君が好意を寄せるあいつも。

同じように。怖いんだよね。

だから。俺の隣に居るんだよね。

俺のことだけは、怖くないから。

俺が。君を傷付ける力さえ持たないことを、知っているから。

無力だ。

君を救えない両手なんか。いらないのに。

生きるために、また。俺はギターを奏でてる。






もっと違う出逢い方をしていたら。

たとえば。君が、あいつと出逢う前なら。

だめだ。

それでも、きっと。結末は変わらなかった気がする。

誰よりも傍に居るという。

俺の願いは、叶ってしまった。

こうして。キスもかわした。

充分だ。

たとえ。

君の気持ちが。俺に無いのだとしても。






隆一の好きなひとが。俺だったら、よかったな。

君の望む、幸せを。

叶えてあげられなくて。ごめん。






「いのちゃん。泣いてるの?」






冷たい頬に、俺の涙が落ちる。

これで。少しは残せるのだろうか。

遠く離れてしまっても。

君の隣に、今。確かに俺が居た証。






『恋愛』って、ほんと。気持ち悪い。









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