IR

□スターライト
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どうして。

手に入らないものは、失ったものは、こんなにもうつくしいんだろう。

たとえば。今も隣で微笑む、君との思い出。





別に最初からそんな目で見てたわけじゃないんだ。

俺と君は全然違うようでありながら、心の中の大切な部分ではどこか似たところもあって。

自分で自分のことがわからず戸惑っていた俺のことを、君は理解しようとしてくれて。君も、君自身のことがわからずに迷っていたから。そういうところになんとなく惹かれていったんだと思う。

単純に嬉しかった。

君は俺の話を真剣に聞いてくれたし、自分のことも話してくれた。

恋愛の相談とかもされた。

信頼されてるんだと感じて、また嬉しくなった。口止めなんてされなかった。俺が誰にも言わないことを、君は知っていた。

誰よりもわかり合えてるって。近い場所にいるんだって。優越感とほんの少しのこそばゆさはとても居心地が良くて、大人になって君みたいな友人ができたことが嬉しくて、ずっとこのままでいられたらいいって。本当にそう思ってた。

でも。

どうしてそこで終われなかったんだろう。

絶対に手に入らないなんてわかってたはずなのに。可能性は0じゃないなんて。どうして錯覚してしまったんだろう。

君は自分が傷付くことには慣れてるくせに、他人を傷付けることには極度の怯えを抱いていたから。

俺はずるいから。そんな君の不安定さと弱さに付け込んで、もう笑えなくなるくらい、唄うことさえ忘れてしまうくらい、俺のことだけを見つめるように君を変えてしまいたかったのかな。

ごめんね。





もし。こんな風に今も隣にいることなんてなければ。二度と会わないように離れてしまえば。きれいに忘れてしまうことができたんだろうか。





君とふたりで食事することが、映画を見に行くことが、飲みに行くことが、遅くまで遊ぶことが。全部日常になって。

それでもまだ何かが足りないと思って。

午前2時まで飲んだ夜、大通り沿いの歩道を機嫌良さそうに歩く君の背中を追いかけながら。ああ、俺は君に触りたいんだなって。はっきりと自覚した。

俺より酒に弱い君はバーを出た時から危なっかしい足取りで、最初は支えるように掴んでいた俺の腕さえすり抜けて、時々後ろを振り向きながら呂律の回らない口調で話しかけてくる。

それが恋愛感情なのかなんてわからない。

ただ、君のマンションの前まで辿り着いた時、どうしようもないくらいに思った。

離れたくない。

だから。ちっとも酔ってなんかいなかったけど、俺はずるいから、君よりちょっとだけずるいから。酔ったふりしてこう言った。

「隆ちゃん。最近キスしてる?」

隆一は一瞬きょとんとしたようだったけど、すぐにはにかむような笑顔になって、照れくささをごまかすように小さな声で答えた。

「うん。まあ。してるけど。」

この前相談された、彼女としてるんだろうな。覚悟はしていた。ショックを受けてる暇なんて無い。

きっと、俺には時間が足りないから。

「いいなあ。最近してないよ。キスなんて。」

「冗談。いのちゃんモテるでしょ。俺なんかより。」

「うわ、それなんて嫌味?」

冬の寒空の下、近所の迷惑も顧みず大声で笑い合う。駄目だ。時間が足りない。

「したいな。」

「ん?」

「キス。」

何でも無いことみたいにうそぶいて、状況をまるで理解できていない隆一との距離を一気に詰めた。

その時、俺はうまく笑えていたのかな。自信が無い。

両肩を掴まれて、そこで初めて隆一は俺が何をしたがっているのか察したみたいで。いや、正確に言うと真意は把握できていないんだろうけど。

いないからこそ、悪戯っぽくにんまりと微笑んで、自分から身体を密着させてきた。

「してみようか。」

みるみるうちに隆一の顔が近付いて、けれど一瞬で、それは離れていった。

目を閉じる間も無い、羽毛で撫でられただけみたいな。掠めるようなキスだった。

こんなんじゃ足りない。

隆一の後頭部に手を回して固定する。逃げられないように。

さもおかしそうにけらけら笑う隆一がなんだかムカついて、思いきり低く囁いてやった。

「もっと。」

唇を重ねた。

隆一の身体が強張るのを感じた。

啄ばむように乱暴に口付けて、頑なに閉じた唇をこじ開けようと舌で舐める。

これにはさすがに嫌悪を感じたのか。

いきなり両手で突き飛ばされた。

やりすぎた。

隆一は頬を引き攣らせて、目を見開いて。

それでも俺を傷付けないようにだろうか、健気にも口元の笑みだけは消さない。

それはとても複雑な表情で。正直。もうダメだ、と思った。

ゆっくり堅実に積み上げてきた友情も、信頼関係も、仕事仲間としての敬意も。

諦めるしかない。一時の衝動で全部壊してしまった。そう直感したのに。

君ときたらこんな時にまで、思いもよらない清新さを見せるから。不思議だ。

「キスは軽い方がいいんだよ。」

少し怒ったように言い放って、俺を睨んでくる。

絶句した。

気持ち悪い。変態。二度と触るな。そんな風に詰られると思ってたのに。

本当に。察しの悪い馬鹿なのか。それとも全て計算ずくなのか。未だに君がわからない。

俺がぽかんとしていると、隆一はばつの悪そうな顔になって「しかたないな。」とため息をついた。

「何が?」

「だから。軽くない方がしたいんでしょ?」

そうして。もう一度。

長い長いキスをした。

君の方から口を開けて、積極的に舌を突っ込んでくるのにはかなり驚いたけれど。

びびってるなんて思われたくないし。負けないように。夢中で舌を絡めた。

首の後ろに回した指で恐る恐る撫でた、君の髪は柔らかかった。

唇も。舌も。柔らかくて、熱くて、気持ちよくて。

鼻に抜ける吐息とか。かすかに聞こえる水音とか。俺のジャケットを掴んでくる君の細い指先とかが。なんだかもう、耐えられないほどいやらしすぎて。

狂いそうになる。泣き出しそうになる。

唾液が溢れそうになって、ようやく唇が離れて。

君は俺の目を真っ直ぐに見て、濡れた唇のまま密やかに。

「いのちゃんって、エッチなんだね。」

そう言って妖しく微笑んだ、君の顔はめちゃめちゃきれいだった。

勃起しそうになるくらい。








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