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□You Are My MOTHER.
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母さんは。俺に死んでほしかったんだ。
当たり前のように隆一が部屋に来て。当たり前のようにセックスでもするかという雰囲気になって。
当たり前のように。ベッドに押し倒して。服を剥がしている最中の、台詞だ。
あまりにも非日常的すぎる告白に。俺はそれが、重いのか軽いのかもわからず。
当然。なんと返していいのかもわからず。
ただ声だけが、失われる。
「いのちゃんと。してる時ね。」
俺の動きが止まったのをいいことに。中途半端に肌蹴られたシャツのままで。
君は続ける。
「いつも、母さんのこと。思い出してた。」
胸元に浮き出した、たった一つの赤い痣に。
まるで。責められているようだと感じた。
「いのちゃんに抱かれてる俺を。母さんが。見てるような気がしてたんだ。」
『抱かれる』なんて。
そんな婉曲的な表現を。君が使うのはきっと初めてだ。
君はいつだって。『セックス』とか。『突っ込む』とか。そういう直接的で生々しい単語を、わざと選んで目の前に突き付ける。
俺と君との関係が。汚いものだとでも言うみたいに。
女にするような行為をあえて君にする。バカな俺を、追い詰めるみたいに。
どこまでも。
「もしかしたら。いのちゃんは、母さんに似てるのかな。」
今日の君の言葉は。
いつも以上に。日本語とは思えないほど不可解で。
こっちは早くやりたいってのに。わけのわからない発言で俺を牽制する君が。全く不愉快そのものだったから。
「なんで俺が母親なの?『お母さん』みたいに優しくしてくれる女なら、他にたくさんいるでしょ?」
挑発だ。くだらない。
理解できない言語を喋る。そんな君に苛立って。腹いせに。傷付く顔を見たかっただけだ。
それなのに。君は。
「かもね。」
短く応えて。あろうことか。
楽しげに。笑う。
唇は完璧な笑みの形を作っているのに。
真っ黒い瞳孔は。遠くにある何かを、必死で手繰り寄せようとするみたいに。まばたきすら忘れて。大きく見開かれて。
まるで。死体のような目で。
ひどく。気持ちが悪かった。
気持ち悪すぎて。すっかり萎えてしまう。
やる気なんて無くなった。
いや。
嘘だ。
「母さんはね。たぶんだけど。俺のことをものすごく愛してたか、憎んでたかのどちらかで。だから、俺に。死を望んだんじゃないかと思うんだ。」
「そういうところが。俺に似てるって?」
「そう。」
「ひどいこと言うね。」
本当に。
残酷だ。君は。
俺が身体の上からどいても。君は起き上がろうとしない。
うっすらと。あの不快な笑みを貼り付けたまま。天井の一点を凝視している。
その姿を見ていると。思わず背筋が寒くなった。
どこか熱を帯びた視線の先に。本当に。君にしか見えない『何か』が。存在しているんじゃないかって。
精神世界なんて信じてない。
信じてない。けど。君の眼は。そこで確かに息づいている『誰か』に。縋るように。
一片の迷いさえ。無く。
もう。不安なんてレベルじゃない。
恐怖すら覚えて。俺は。話を逸らそうと無駄に足掻く。
「隆ちゃん。今日はしたくないの?」
「したくないって。何を?」
「セックスに決まってるじゃん。」
君の、絶対わざとだろう問い掛けに。律儀にも俺は答えてやる。
「したくないなら。別にいいけど。」
嘘だ。
それでも俺は。君と、したい。
隆一は。俺とのセックスでは、快感を得られない。
その証拠に。君の性器は始めから終わりまで、ずっと柔らかいままだ。
俺がいわゆる、挿れる側になったのは。そういう理由もあったんじゃないだろうか。
最初の時も。君は一度も勃起することなく。もちろん。射精もしなかった。
たった一言。「いいよ。」と微笑んだ。無理矢理、絞り出したみたいな。その承諾を。
俺は。自分に都合良く解釈して。
君の身体を。好きにした。
母親なら。絶対にしないようなことを。
たくさん。君に。
セックスの時の立場だけ見れば。君の方がよっぽど。女みたいに扱われてると思うのに。
なぜ君は。俺のことを。
母親に似てるなんて。
言いようの無い苛立ちを紛らわそうと。煙草を手にした時。
「愛してる。」
はっきりと。聞いた。
ぎょっとして。咄嗟に、君を顧みる。
君の。そんな台詞。
唄声以外で聴いたことなんて。無い。
「愛してるんだ。」
うわ言のように繰り返す。眼差しは。
俺を捉えては、いなかった。
やがて。静かに瞼が下りる。
「俺は母さんのこと。いちばんに愛してる。今でも。」
じゃあ俺は。何番目になるんだろう。
愚かな疑問が一瞬だけ。脳裡をよぎった。
「俺がいちばんに愛してて。同じくらい、愛されたいのは。」
母さんだけ。なんだよ。
と。
ここには。俺しかいないのに。
今。君の傍にいるのは。
「もし、あの時。死んでいれば。母さんは、喜んでくれたのかな。」
だめだ。
「今。俺が死んだら。いのちゃんは喜ぶ?」
耐えられない。もう。
再び腹の上に跨ると。君はようやく瞼を開いた。
「俺は。お前の母親じゃないよ。」
唇に噛み付く。
最初から舌を突っ込んで。生ぬるい粘膜を乱暴に掻き回して。
それから。
服を全部。脱がせた。
君の言うことは。時々おかしい。
たとえば。君がしばしば口にする『あの時』が。いつのことか、なんて。
聞けたためしが無い。一度も。
君と。君の母親の間に。何があったのかも。
俺は。知らない。
知るのが。怖い。
だけど。これだけは、わかる。
君は、本当は。死にたいわけじゃないんだ。
死にたいんじゃない。
ただ。君は。
「もし。死にたくなったら。」
「うん。」
「俺に。言って。」
「どうして。」
「手伝ってやるから。」
だから。
「他の奴には。言わないで。」
君は。笑う。
なんの皮肉も。哀しみも無く。
ただ。きれいに。
嬉しそうに。笑うから。
両脚を高く抱え上げて。君の空虚な身体を揺さぶりながら。
下腹部の甘い疼痛に。意識が薄れる。
君を。護りたいと。
殺したいと。絶叫する。
まるで。それは。
蠢く。子宮のように。
「俺を。犯して。」
母さん。
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