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□ビューティフル/ワールド 2
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俺と君と。そして、彼が存在する。ここは。

きらきらしてて。鮮やかで。永遠に回り続ける回転木馬みたいに、幻想的な世界だ。

同じところを、ただぐるぐる回るだけの。それは。なんて、残酷で。

なんて。うつくしい、世界。






俺は、君のことが好きだし。幼なじみである、彼のことも。好きだ。

ただ、二つの「好き」の意味には。大きな隔たりがある、というだけで。

たとえば、俺は。君のことが、ほしいと思う。

君の身体を、支配したいと思う。

けれど、小野瀬に対しては。そんなこと、一度も思ったことが無い。

彼とは、気が合うし。大切だとは思うけれど。

それは、隆一に対する感情とは。似ても似つかない類のものだ。

そして。そんな小野瀬に。

隆一は、依存しきっている。

俺じゃいけない理由は、なんだろう。

自分は隆一に対して、小野瀬と同じことができるのか。想像してみた。

すぐに。無理だと、感じた。

キスもせず。身体を重ねることもせず。

隆一に請われるがままに。暴力を施すだけの。

ただ、それだけの。関係。

もしも、小野瀬が。楽しんで人を殴れる奴だったなら。今よりは、納得できたのかもしれない。

彼は、隆一のことを。愛してる。

本当は、優しく抱きしめてやりたいと。ずっと、思っているに違いないのに。

バカだよね。ほんと。

隆一と寝た、と告げた時の。

小野瀬の顔を。俺は一生、忘れないんだろう。

たとえ。隆一を忘れる時が来ても。

あらゆる望みを絶たれた。幼なじみの、あの顔を。

忘れることなど。できるはずが、無い。






君の左眼に。幾度目かの白いガーゼを見とめた、その日。

偶然にも、君が。男と抱き合ってキスしてる場面に遭遇してしまう、なんて。

驚いたけれど。同時に俺は、安堵もしていた。

相手が、小野瀬じゃなかったことに。

すらりとした長身の男は、名の知れた演出家で。年齢も俺たちより、少し上だった。

でも。この業界に棲む者の常なのか。実年齢より、かなり若く見える。

隆一と並んでも。違和感なんて、まるで無い。

しなやかな二本の腕が、男の首に巻き付いて。

男の手のひらは、隆一の背中を撫でさすりながら。時々、腰から下にも触れているようだった。

人目を忍んでするには、かなり濃厚な。舌を絡め合う音まで、聞こえてきそうな。

そんな。醜くて、いやらしい。口付け。

なのに。

俺は。少しも、嫉妬していなかった。

激しいだけの行為の中に。君の感情が、微塵も無いことを。感じ取ったからかもしれない。

男が消えた後で。俺が姿を現しても。

予想通り。隆一は、全く動じなかった。

見られていたことに、気付いていたんだろうか。

最初から。

「意外だったな。」

「何が?」

きょとんとした表情で。俺の顔を見つめ返す。

さっきまで。あんないやらしいことを、していたくせに。

「隆ちゃんて。そういうこと、できたんだ。」

「そういうことって・・・ああ。キスのこと?」

「うん。俺さ。隆ちゃんは、そういうこと。できないんだと思ってた。」

「失礼だなあ。一応言うけど。俺、童貞じゃないよ。」

「そうじゃなくて。」

隆一は。わざと唇を尖らせて見せる。

なんて説明していいのか。わからなかった。

君は。

本当に好きになった人とは。そういうことを、できないのだと。

うまく、伝えられそうになくて。

だから。

話題を、変えた。

「付き合ってんの?あの人と。」

「まさか。」

本当に、おかしそうに。鮮やかに笑い返される。

「ちょっと誘われたから、相手しただけ。そしたら、えっちもうまかったし。たまに会うくらいなら、いいかなって。」

まるで。退屈な猫みたいに。

軽く伸びをしながら、さらりと言ってのける。

「それに、あの人。傷とか痣とか見ると、興奮するんだって。」

変態だよね、と。

嘲るように。一つしか無い眼で切り捨てられた、その台詞が。

自分に向けられた、刃物のようで。

ひどく。居たたまれなかった。

俺も。あの男と同じ。

いや。きっと。あの男より、ずっと狂ってる。

小野瀬に、傷付けられていなければ。興味すら持たなかった。

俺が、愛してるのは。

自分の美しさも、忘れてしまうくらい。めちゃくちゃに、汚された。

そんな。君の姿なんだ。






傷付けられた、君を愛する俺よりも。

愛しているからこそ。君を傷付ける、小野瀬の方が。

よほど。まともで。

よほど、きれいな存在に。俺には、見える。






「小野瀬にも、見せてあげればいいんじゃないかな。」

「見せるって、何を?」

「さっき。してたみたいなこと。」

そっと、指を伸ばして。

君の下唇を、つまんだ。

「そしたら。もっと深い絶望を、与えてやれると思うよ。」

気違いじみた提案に、君は。

曖昧に微笑むと。

差し出した舌先で。ちろりと、俺の爪を舐めた。

「いのちゃんは、そう思う?」

「うん。」

大真面目に、頷いてやる。

すると。

君は、静かな。けれど。

どこか、淋しげな笑顔で。

「いいかもね。」

囁いて、自分から。

俺の頬に、唇を寄せた。






切れた唇。

血の味が、する。






何も知らずに。

こんな光景を見せられる。小野瀬は、かわいそうだ。

自分を傷付けるために。好きでもない相手に、身を任せ。

本当に愛している人間に、暴力を振るわせる。隆一も。

そんな君のために。こんな馬鹿げたことをして。

結局は。君のことも、親友も。どちらも、失うんだろう。俺も。

みんな。みんな。

かわいそうだよ。






小野瀬は、いつか。

隆一を。殺してしまうかもしれない。

たとえば、屋上の。フェンスの向こうで。

隆一が、心から。背中を押してくれと、懇願すれば。

彼が拒否することは、難しいだろう。

もしも。そうなったら。

間接的に、君を犯した。俺も。

共犯ってことで。いいのかな。

それって。なんだか。

すごく。素敵だ。






それから、数ヶ月が経った。ある日。

隆一は、無断で仕事を休み。

そのまま。行方が、わからなくなった。

同時に。小野瀬も、姿を消した。

最後に見た、君は。

やっぱり、あの。真四角な白で。左眼を、塞ぎ。

残された瞳で。遠くを見つめながら。

ただ、いたいけに。微笑んでいた。






大騒ぎするスタッフや、事務所の関係者をよそに。

スタジオの屋上で。俺は、携帯電話を鳴らす。

見下ろす景色は、いつもと同じはずなのに。

どうしてなんだろう。

初めて。目にするみたいだ、なんて。

世界は。こんなにも、広く。

どこまでも。澄み渡っている。

不思議なくらい。

空が、青い。

6.5回の、コール音で。

聞き慣れた声が。心地良いさざめきに紛れて、やって来た。

「波の音がするね。」

『ああ。』

「隆ちゃんも、一緒?」

『ああ。』

ここにいる、と。

呟いた。小野瀬の声は、とても穏やかだった。

背景に。打ち寄せるのは、波の音だけ。

それでも。

はっきりと、感じることができた。

小野瀬の傍に寄り添う。君の存在を。

痛いほど。

君は、そこにいる。

彼のもの、として。

永遠に。

『もう。会えねえと思うけどよ。元気でな。』

「大丈夫だよ。俺は。」

そう。

大丈夫だ。

世界が、灰になる日。

たったひとりでも。俺は。

「もう、切るわ。新婚旅行の邪魔して、ごめん。」

つまらない冗談に。小野瀬が喉を鳴らして笑うのが、聞こえた。

「それじゃ。」

『ああ。』

何十回も、繰り返した。

過去の他愛無い、会話のように。全く、同じやり取りで。

俺たちは、終える。

最後の通話を。

「煙草、やめよっかな。」

柄にもなく。そんな気分になりながら。

小野瀬のメモリを呼び出して。

デリートボタンを押した。

それから、隆一も。

デリート。






きらきらしてて。鮮やかで。

永遠に回り続ける、回転木馬は。永遠なんかじゃ、なかった。

かつて。

俺と君と。そして、彼が存在した。この世界で。

せいいっぱい。君を愛そうとした、俺は。

今度は。思い出とともに。

同じところを、ただぐるぐる。回り続けるのだろう。

言えなかった、さよならと。

愛してるだけを。胸にしまって。






君の背中を押す。彼のごつい手を、想像しながら。

屋上の、冷たいアスファルトの上に。

身を横たえて、空を仰いだ。

物言わぬ、死体。

君の気持ちを知りたいと、願えば。

濃い青の中、白く浮かび上がる。手の届かない、真昼の月が。

どうしようもないくらい、眩しくて。






翳した手。

君が舐めた、その指で。

左眼を。潰した。






ああ。

今日は、なんて。

なんて。うつくしい日。











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