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□ 【 カムパネルラ 】
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願わくば。

すべてを。曝け出してほしい。

きみの中に、潜む。怪物。

凶暴で、無知で。残忍で、冷酷な。

誰にも見えない。名前の無い、化け物。

その。すべてを。






「でもね、俺。いのちゃんは、優しいと思う。」

無邪気な笑みを湛えて。そんな台詞を口にする、君は。

僕のことを、本気で理解しようなんて。最初から、思ってはいなかった。

ただ。君の手が届く、都合の良い位置に。僕の存在が、あった。

それだけの。つまらない、偶然。

君の肌に、触れる時。

誰に、咎められるわけでもないのに。僕は、一瞬。眼を閉じる。

僕が、望まれている役割は。決して、奪い合うような、激しい触れ合いではなくて。

ひたすら、慈しむように。

繭に包まれているような。擬似的優しさを与えて、忘れさせるだけ。

いつからか、つらいと感じるようになっていた。いきること。

何もかも捨てて、逃げ出したい。閉塞感。

白い肌が、ほのかに色付いてゆく様を。僕は、憐憫の情を以って。見つめる。

それでも、素直すぎるほどに。反応する身体を持つ、自分は。

きっと。醜くて、あさましい人間。

「いのちゃんが、好き。」

かすれきった声で。君は僕に、手を伸ばす。

昨日のステージでは。

その白い指が。握手を交わす僕の手の甲を、するりと撫でていった。

ライブの最後に、抱擁した時。耳元で、卑猥な言葉を囁かれたこともある。

からかわれているのだと、わかっても。怒りをぶつけることなど、できない。

だって。

君は、とても。かわいそうだから。

終わりが、近いのか。だらしない唇から、ひっきりなしに洩れる喘ぎを。手のひらで、塞ぐ。

本当は。

君の、その声ひとつ。他の人間には、聞かせたくないなんて。

それを、知ったら。君は、僕から離れてゆくんだろう。

君が、僕を好きなのは。

僕が、君を。愛さないから。

塞いだ指の隙間から、溢れる音は。僕が知る、どんな声より。いやらしい。

もの欲しそうな。君の、こえ。

「なか、出していいよ。」

荒い呼吸の合間に。この僕にさえ、律儀な承諾を与える。君は。

やっぱり。何かを、恐れているのだろうか。






「隆ちゃん。本当は。うた、嫌いなんでしょ。」

「どうして、わかったの。」

悪びれもせず。純粋に、不思議そうな顔をして。応える。

「俺にとって、唄は。目的じゃなくて、手段だったんだ。」

自分を、見てほしいから。

愛されたいから。

「だから、願いが叶ったら。きっともう、唄えない。」

君は。その時を、切望すると同時に。恐れている。

手段でしかないと、切り捨てながら。

本当は。唄を失うことが、怖い。

今の自分でなくなることが。

変わることが。怖い。

だからこそ、君は。無意識に、僕を選んだんだろう。

決して。君を、変えることなどできない。

無力な。僕を。

「わかってくれて、嬉しいよ。」

首に絡み付く、二本の腕に捕らえられ。頬に、柔らかな感触が降る。

「俺のことを、好きじゃない。いのちゃんが、いちばん好きだよ。」

僕は。そう。

こんな、哀しい告白を。聞きたくなんか、なかった。






本当に好きな人に、愛されることなんて。ありえない。

はっきりと。君は、そう言った。

そして、僕の顔を見据え。

やがて。にっこりと、笑った。

僕は、呆然として。笑顔を返すことさえ、できなかった。

その言葉が。僕の中の真実に近いと、気付いてしまった。その瞬間。

僕は、きっと。君という人間を、愛していたのだ。

凶暴で。無知で。

残忍で。冷酷な。

君の中に潜む、怪物。

君という、すべて。

今、それは。僕に対し、牙を剥いている。

本当に、ほしいものとは違うくせに。

ほしいのは。僕なんかじゃ、ないくせに。

けれども、君は。確かに、望んでいた。

僕に、依存することで。

何かが変わることを、期待していた。

そして。僕も、また。

自分でも、信じられないほどに。望んでしまったのだ。

君を、「治療」することで。僕自身が、違った自分になることを。

「さびしいね。」

君は、静かに。そう、微笑んだ。






近所の公園で。僕たちは、咲き誇る春の花を眺める。

子供たちの遊ぶ声に混じって。遮断機の下りる音が、遠くに聞こえる。

木洩れ日が、君の黒い髪を、きらきらと輝かせている。

僕の中の君は。

とうの昔に。笑って、死んでしまったのかもしれない。

「ともだちだよね。」

「え?」

「いのちゃんと、俺。ずっと。」

突然、そう呟いて。

君は、僕の手をとった。

「ずっと。ここに、いようね。」

君は、やっぱり笑顔だった。けれど、泣いているように見えた。

僕は。

何も言わずに。震える指先を、握り返す。

わかるよ。

こわいよね。

独りで、いるのは。

痛いよね。

さびしいよね。

いつも、救いを求めながら。閉ざしきった、君の心。

硬い線路の、冷たさと。

車輪の軋みと。警笛と、悲鳴。

砕け散る、手足に。白い花びらが、舞い降りて。

ついに、姿を現した。ひとりぼっちの、怪物を。

どうやって、愛そうか。

やさしい、ともだちの僕は。

君とともに、死ぬ。鮮やかなキャンバスを、思い描いている。






はじめから、知ってたよ。

いちばんの、願いは。きっと、叶わないことなんて。









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