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□バニラ・アイスと、あした消える僕。
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この命は。隆のもの。
「明日、死ぬ。」と告げた俺に。最愛の君は、笑うことも、泣くこともしなかった。
ただ、穏やかに。傍にいてくれると、頷いた。
俺の最期を、看取ってくれると。
自分の未来は見えてたし、怖くなんかないはずだった。
ただ、ひとつ。
隆と、お別れをしなければいけないこと。
心残りと言えば、それだけ。
およそ、ほとんど30年前。
11歳の誕生日。
赤い翼の天使が舞い降りて、お告げとやらを残していった。
『ちょうど30年後。41歳の誕生日に、あなたは』
『愛する全てを手に入れ。代償として、その命を失うでしょう。』
30年後。
7月8日。
時は明日。俺は、隆の全てを手に入れる。
そして。死ぬ。
これを究極の愛と言わずして、なんと言うのか。
最期の時を迎える場所には、住み慣れた自分の部屋を選んだ。
旅に出ることも考えたけれど。いつも通りの景色の中で、いつも通りの隆の笑顔に。見送られたいと望んだから。
俺の気持ち。
どうせ、死ぬなら。何もかも、ぶちまけておきたい。
「隆。」
「うん。」
「俺、隆に謝らなくちゃ。」
「何を?」
「隆のライヴ観てる時ね。えっちなことばかり考えてた。」
「はだかとか?」
「それとか。もっと、いやらしいこと。」
軽蔑されるかと思ったけれど。
隆はただ、くすくすと笑っている。
「あとね。」
「まだあるの?」
「『離婚しちまえ』とか、思ったり。」
最低だ。
「老いていく隆を見るくらいなら。この手で殺して、きれいなまま。永遠の人形にしてしまおうかと考えたり。」
「その問題は、解決したね。」
ああ、そうだ。
明日死ぬ俺は、君の老いた姿を目にすることは無い。絶対に。
幸せなのか。不幸せなのか。
「それから。」
これで最後。
「隆に近付くやつ。殺してやった。何回も。」
もちろん。頭の中で。
それが、隆の大切な家族だろうと。なんだろうと。
「引いたよね。怖いよね。」
ごめんね。
「大丈夫だよ。」
うなだれる、俺の顔を覗き込んで。
「杉ちゃんが、そんなことできないの。わかってるから。」
ああ。隆。
この命は、きみのものです。
この世に生を受けた、その時から。
ずっと。
俺の人生、氷河期は何度もあったし。タイミング悪いことの連続もあった。
裏切ったり、裏切られたり。
棄てたり、棄てられたり。
そんな波瀾万丈の中。いつだって。
いつだって。隆への想いだけは、まっすぐで。
まっすぐすぎて、曲げられなくて。ひどいことをしてしまった過去もあるけれど。
隆は俺を、赦してくれた。
『終わりよければ・・・』っての。あながち間違いじゃないかもと思う。
「お誕生日の、お祝いしよう。」
隆の提案で、シャンパンと大きなホールケーキを買った。
生クリームに、いちご。定番のバースデイ・ケーキ。
二人で食べきれば、明らかにカロリーオーバー。
まあ、いいか。
どうせ、死ぬし。
ろうそくに、火を灯す。
41本。
ふたりの思い出、一つ一つを。温かく照らすように。
出逢ったばかりの頃。大胆なその容姿に、心臓を撃ち抜かれて。
高価なおもちゃの前から動けない、子供みたいに。ほしくてほしくてたまらない、と感じたこと。
ライヴの前、他のメンバーの目を盗んで。
「頑張ろうね。」って。こっそり、指を絡め合ったこと。
酔いつぶれたふりして、同じベッドで寝た時。言葉にしなくても、唇が重なって。
細い身体のぬくもりを確かめながら。心が溶け合うことの意味を、初めて理解して。
時間さえ、止めてしまえるような。そんな錯覚に、はしゃいでいたこと。
かけがえの無い今を、脇目も振らず、ただただ夢中で駆け抜けて。
突然立ち塞がった、答の無い未来に。どうしていいか、わからなくなって。
混乱して。君をひどく、傷付けてしまったこと。
それでも。
どうしても、君を忘れられなくて。
時を経て。もう一度、向き合うチャンスを手にして。
告白の言葉を、ようやく声に出せた俺の。
全てを、君は赦して。受け容れてくれたこと。
きりが無い。
「杉ちゃん。」
気付くと。41本のろうそくは、それぞれが一生懸命に燃えていて。
まるで。命そのものみたいに。
「泣いてるの?」
朱い炎に照らされる。心配そうな顔をした、隆の。
肩を包んで。強く抱きしめた。
愛してる。
ありがとう。
さようなら。
想いと記憶が氾濫して。何から伝えていいのか、わからない。
「セックスする?」
隆の手がゆっくりと、俺の背中を行ったり来たりする。
まるで。古い傷痕を、癒そうとするみたいに。
「いいんだ。このままで。」
「でも。」
湿った息が、首筋を撫でて。
「俺は、したいよ。」
杉ちゃんと。
そのまま。小さな舌が、ちろりと頬を舐めていった。
それが、きっかけになって。
狂ったような、暴力みたいなキスを交わす。
「もっと。気持ちよくして。」
請われるままに。隆の服を剥ぎ取って、いつもと違う激しさで。
泣き叫ぶような、甘い声を聞きながら。溺れてく。
「ここ。舐めていい?」
わざと優しく、お願いしたら。恥ずかしがりながらも、従順に脚を開く。
いつもは、させてくれないのに。
異常な状況が、ドラッグみたいな作用を生んで。
クリームになって。
溶けちゃいそう。
結局。人間の本能なのか。
死を目前にして。最後に従うのが、性欲だなんて。
きっと。天使にはなれないね。
「一緒に死ぬ。」
快楽に濡れた瞳で、喘ぎ混じりに囁かれて。
これまで経験した、どのセックスよりも。興奮した。
でも。
ありったけの理性を動員して、首を振る。
「隆は、生きて。」
嬉しかった。
隆の全てを、奪ってやった。
俺は、しあわせ。
いつの間にか。ろうそくの灯りは、消えていた。
命の炎が、燃え尽きたのだ。
真っ赤な翼が、天国の扉を開けて。やって来る。
迎えに、来る。
もう。行かなくちゃ。
君と出逢えて。
君を、愛することができて。
本当に、よかった。
隆。
君の未来に。
祝福を。
天使の銃口が。
俺の背中を。撃ち抜いた。
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