SR

□憂い、惑いし者たちへ。
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嘘だ。

俺は、断じて信じない。

こんな。

こんなのが、俺の愛した隆だなんて。






「この、変態が。」

まるで、当然のごとく吐き捨てられた。衝撃の一言に。

この俺、杉原は。何も言えずに、ただ黙り込むしかなかった。

嘘だ。

俺の。俺だけの隆は。

純粋で、清潔で、素直で。

いつも、俺のことを頼りにしてくれて。そういうところが、かわいくてかわいくて。

『すぎちゃん。』

俺を呼ぶ。きらきらした声が、甦ってくる。

俺の知ってる隆は。

こんな汚い台詞を、吐くような子じゃない。

夢でも見てるんだろうか。

随分と悪趣味な。たちの悪い夢ですね。

確かに。

俺は今日。ちょっとだけ、いけないことをした。

新曲の打ち合わせにかこつけて、隆を家に連れ込んで。

大好物の高級ワインを、しこたま飲ませて差し上げて。

酔っぱらって眠ってしまった、隆の足首に。

金属製の、輪をはめた。

それから。

鎖の端に繋がってる、もう一方の輪を。ベッドの柱にくくりつけた。

以上。

ちなみに、通販で購入したこの足枷。おもちゃとは言え、簡単に外れないのは検証済みである。

金属の表面にはピンクのファーが縁取られてて、ソフトタッチ。

隆の滑らかな肌を、傷付ける心配も無い。

仕方無かったんだ。

眼が覚めて。隆が帰ってしまうことを、考えたら。

ドアを開けて去って行く、その後ろ姿を想像したら。

苦しくて、淋しくて。

もっと、傍にいたい。

隆のこと、ほしい。

で、気付いたら。こんなことに。

本当に、誰かを愛した経験のある人なら。わかってくれると思う。

俺の気持ち。

そして。

愛するひとに、面と向かって罵られるのが。どんなに絶望的であるか、ということも。

以下。参考までに、当初のシナリオ。

目覚めた隆は。足首にはめられた、ピンクの輪を見て。

まずは、驚く。

ひどく驚いて、動揺して。自分の置かれた状況を、理解して。

次は、怯える。

俺のことを怖がって、震える。

泣かせてしまうかもしれない。

そんな隆の黒髪を、優しく優しく撫でながら。

俺は、言うんだ。

『ごめんね。』

ひざまずいて、心の底から懺悔して。

『愛してる。』

強く抱きしめて。

『すぎちゃん・・・俺も・・・』

隆は、俺のものになる。

完璧な結末。

だった、はずなのに。

のそりと眼を覚ました隆は。驚くどころか、眉ひとつ微動だにせず。

ガラス玉みたいな瞳で。

生唾を飲み込む俺の喉と。ふわふわピンクの足枷と。

それが繋がれたベッドの柱とを、交互に見据えた後で。

無感情に、こう言った。

「この、変態が。」






人の見る夢は、はかない。

昔、隆も唄ってたっけ。

あの曲、大好きなんだよなあ。

て、今は。そんなこと考えてる場合じゃない。

「ごめん。」

とりあえず、謝ってみる。

が。全く、なんの反応も示さないので。

土下座も辞さない覚悟で、床に正座し直すと。

「で?」

じゃら、と鎖が鳴って。

脚を組み替えた隆は、ベッドの上から俺を見下ろす。

「俺のこと監禁して、レイプして。動画でも撮って、楽しむつもりだった?」

な。

そんなバカな。

愛する人に、そんなひどい仕打ちできるわけがない。

声も出せず、ただぶんぶんと首を振る。

なんか。

おかしくないか。この状況。

物語のシナリオは。主導権は、俺の手にあったはずが。

なんで、いつから。

こんなことに。

「ねえ。」

どういうわけか。突然、猫なで声になって。

ベッドから下りてにじり寄って来た隆が、俺の大好きな甘い声で囁く。

耳元で。

「俺のこと考えて、オナニーとかしたの?」

「そ・・・」

そんなこと。

そんなこと・・・

・・・してました。

「してたんだ。」

沈黙から、察してくれたらしい。

隆は、満足げに微笑んで。再び、どさりとベッドに腰を下ろす。

「今ここで、してみて。」

「は?」

「オナニー。してみてよ。」

なんとも、かわいらしい仕草で。

ものすごいことを、要求された。

「見ててあげるから。」

おかずにしていいよ、と。

尊大に、見下ろす。

ああ。神様。

嘘だと言ってください。

だって、こんなのが。

こんなのが、俺の愛する隆なわけ。

神様。






「杉ちゃん。俺のこと、好き?」

「好きだよ。大好き。愛してる。」

「どのくらい、愛してる?」

「隆のためなら、なんだってやる。」

独りで死ぬのは、いやだけど。

「じゃあ、できるよね。オナニーくらい。」

う。

しまった。

まるで、鬼の首を獲ったように言われて。

がっくりと、うなだれる。

勘弁してください。マジで。

「だってさあ、杉ちゃん。」

「・・・うん。」

「こんな、いかがわしいおもちゃまで着けさせて。そういうこと考えてなかった、なんて言う方が、信じられないよ。」

これ見よがしに、鎖をじゃらつかせる。

そりゃあ、考えた。

考えたけど、それはでも。

なんと言うか、合意の上で。

ちゃんと見つめ合って、キスをして。

服を脱いで、お互いのぬくもりを感じて。

いわゆる、そう。順序ってやつが、あるじゃないですか。

こんな展開、予想できるわけが無い。

目の前に本物の隆がいて。それをおかずに「自分でしろ。」なんて。

ありえない。

ありえないんだけど、でも。

『本物』の隆の、白い肌や。

ふっくらとした、さくら色の唇を見ていたら。

なんて言うか。

だんだんと。下半身が、あやしい趣を帯びてきた。

この状況で。さすがに、フル勃起まではいかないけど。

赦されるならば。

隆に、触れたい。

さわりたい。

やっぱり。怒られるかな。

蹴り飛ばされるかな。

「つまんない。たたないの?」

待ちくたびれた隆は、心の底から退屈そうに、大きなため息をついた。

その言い様。男には、かなり堪える。

でも。

俺は、ピンチをチャンスに変える天才音楽家。杉原。

こんなことくらいで、退き下がってどうする。

そうだ。

これは、チャンス。

二度とは訪れない。

神の与え給いし、絶好の。

「隆。」

積年の想いをこめて、呼びかけた。

今にも眠りこけそうだった隆は、身を起こして俺の顔を見る。

「俺の、あれなんだけど。」

「たたないんでしょ?」

「りゅ・・・隆が脱いでくれたら、元気になるかも。」

瞬間。

余裕だった笑みは、確かにぴきりと凍りついた。

冷徹な瞳に。

ほんのわずかだけれど。紛れも無い、警戒の色が浮かんだ。

俺に対する、怯えのサイン。

初めて眼にする、その表情。

きた。

やっと、きた。

手応えあり、だ。

隆が俺を、意識してる。

焼けるような、欲望の眼差しを。

感じてくれて。そして。

怯えてる。

ぞくぞくする。

一筋の、希望の光が射し込んだ。

どうか、このまま。

お願いします。

神様。

しばらくの間、隆は硬い表情で黙りこくっていた。

それから。

「いいけど・・・上だけだからね。」

ああ。これほどまでに。

勝利の雄叫びをこらえた瞬間は。後にも先にも、きっと無い。








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