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□畸術師と家鴨/1
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その日、雨が降っていて。

僕は。ふと、考える。

僕を、縛る。優しい人と。

自由のため。彼を殺める、決意をした。

僕自身の。弱さについて。






市街地から、汽車に揺られて3時間。

山を越え、河を渡る。

二人がけの椅子が、二つずつ向かい合い。通路を挟んで、並んでいる。

そのどれもが。示し合わせたように、空席だった。

3両編成の車両の、最後尾。二つだけ、座席が埋まっている。

向かい合う、席の両側に。一人ずつ。

僕と。そして。

彼だ。

膝を突き合わせる、僕たちは。言葉を、交わさない。

薄墨色の空の下。そこここに、小さな畑が見えてくる。

列車の速度が。ゆっくりと、落ちてゆく。

「隆。」

彼は、先に立ち上がり。僕の名前を、呼ぶ。

「降りよ。」

少しだけ。窓の外を、見つめた。僕は。

彼に、腕を引かれて。立ち上がる。

雨が。あがった。






木造の、小さな赤い駅には。色褪せた制服の駅長が、一人だけいた。

切符を渡し、改札口を抜ける。

にわか雨だったのか。雲間から、柔らかな光が差し込み始めていた。

「雨、やんだね。」

空を見上げて、何気無く呟いた。僕の隣で。

杉ちゃんは。さも不満そうに、唇を尖らせる。

「いい天気、だったのに。」

彼のそんな言動に。すっかり、慣れている。僕は。

あきれたふりして。小さなため息を、ついた。

「雨が、好き?」

「前は、嫌いだったけど。でも。今は、好き。」

「どうして。」

「知りたい?」

杉ちゃんは、すたすたと。タクシー乗り場の方へ、歩を進める。

そして。

「雨はね。隆に、似合うから。」

質問への、答は。

やって来た、タクシーのエンジン音で。かき消された。

乗り込んだ、車内で。

彼は、窓にもたれ。流れ去る景色を、見つめている。

商店街の、アーケードを抜け。閑静な住宅街の立ち並ぶ、坂を登る。

雨やみの午後は、のどかに晴れ渡る。

雨粒のかわりに、降りそそぐ。木洩れ日が、うっとうしい。

窓ガラスを突き抜けて。いつになく口数の少ない、彼の整った容貌に。ぬるい陰影をつけてゆく。

ああ。

殺したい。

ぼんやりと。また、考える。






未来を想像することは。最も残酷な行為だ。






杉ちゃんは。

僕に。身体を求めてきたことは、無い。

手に触れることすら、しない。

だからこそ。

僕は。彼から、離れることが。できないのだ。

彼は。

僕が、何者にも。汚されない存在で、あらねばと。

そう。信じている。

だから。

自分のみならず。自分以外の、誰であっても。

僕が。関係を持つことは、赦せない。

杉ちゃんは、いつも。

僕を。見ている。

文字通り。

視ている。

一度だけ。

そんな現状を、打破したくて。僕は。

杉ちゃんの自宅に、押しかけて。

彼の目の前で。服を全て、脱いだ。

でも。

杉ちゃんは。僕に。

指一本。触れようとは、しなかった。

彼を、僕の領域に。引きずり込むことさえ、できれば。

この、関係を。変えられる。

そう。考えたのに。

彼は。

境界を。踏み越えることは、しなかった。

そうして。ただ、じっと。

僕のことを。監視し続ける。

僕には、もう。

自由なんか。無い。






この旅が、決まる。数日前。

ある人から。突然の、告白を受けた。

仕事で、何度か関わって。最初の印象は、話しやすい人だな、程度だったけど。

車の話題で、意気投合して。

映画を見たり。食事をしたり。

二人だけで、出かけるようになって。

たまたま、家の近くで飲んだ。その、帰り道。

僕を送って行く、と言い張って。譲らなかった、その人は。

突然、降り出した。雨に。

自分のジャケットを、脱いで。僕の肩に、かけてくれた。

家までは、歩いてすぐだったし。雨も、そんなにひどくなかったし。

僕は、女性じゃないし。そんな風に扱われる、理由なんか無いって。

なんとなく。違和感を、抱いていたら。

家の前まで、辿り着いたところで。彼は。

すきです。

と。

その。ひどく、真摯で。純粋な、声音は。

僕の心を、動かすのに。充分すぎた。

彼は、僕より年下だったし。同性愛の噂も、耳にしたことが無かったから。

最初は、驚いて。思わず、聞き返してしまったけれど。

彼の、気持ちが。ほんものなんだと、わかるにつれ。

がんじがらめで。ぼろぼろになっていた。僕のこころも。

からだも。

気付けば、あっさりと。

彼に、全てを。投げ出していた。

部屋に泊まるように、誘ったのは。

紛れも無く。僕の方、だった。

不慣れな、彼を。気遣うようにして。

僕のなかへと。

奥深くへと。導いた。

その。すぐ後、だった。

杉ちゃんから。旅行に行こう、という。連絡があったのは。






「どうしたの。急に。」

「別に。ただ、隆と。きれいな景色が、見たくなっただけ。」

電話の後で。僕の部屋を訪れた、杉ちゃんは。

ぐるりと、室内を見回しながら。そう、告げた。

「ほら。俺たちって。そういうこと、したことないじゃん。」

「そうだけど。」

「隆は。行きたくないの?」

真実を、言うなら。

僕の頭は。それどころじゃ、なかった。

数日前に。あの人と、寝た。この部屋で。

痕跡なんて、残っているはずもないのに。

どうしてか。杉ちゃんには、何もかも。

わかってしまう。

そんな、気がして。

心臓が。早鐘を、打つ。

罪悪感。

いや。

違う。

僕は、何も。悪いことなんか、していない。

僕は。杉ちゃんの、恋人じゃない。

杉ちゃんの。「もの」じゃ、ない。

だから。

罪の意識なんて、感じる必要は。これっぽっちも、無いはずだ。

それなのに。

どうして、なんだろう。

こわい。

そう。間違い無く。

僕は。彼を。

恐れている。

キッチンで。コーヒーを注ぐ手が、震えた。

背中に、痛いほど。

杉ちゃんの視線を、感じて。

どうして。

君なんかが。ここに、いるんだろう。

一旦、頭に浮かんでしまえば。何もかもが間違っているように、思えてくる。

鬱陶しくて、不愉快で。

どうしようもなく、邪魔で。

恐ろしい。

「ねえ。隆。」

その、呼び方も。

きらいだ。

「この部屋、最近。誰か、来た?」






僕が、「汚された」ことを知ったら。彼は。

いったい、どんな罰を。

僕のからだに。与えるのだろう。







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