SR

□畸術師と家鴨/2
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自由の境界。

その場所で。僕たちは。






にぎやかな、街並みを抜けて。

杉ちゃんが、ようやく立ち止まった。そこは。

教会、だった。

小さいけれど。真っ白な外観は、どこか荘厳で。

高い塔の上には。大きな鐘が、据わっている。

「こっち。」

裏手に回ると。薄暗い、螺旋階段があった。

どうして、知っているんだろう。

前にも。来たことが、あるんだろうか。

誰に断るでもなく、堂々と入ってゆく。彼の後について。

長い階段を、上り始める。

この旅を、始めてから。

杉ちゃんが。ほとんど、言葉を発しないことが。

不気味だった。

まるで。僕の、思っていることを。

何もかも、悟った上で。

あえて。口を閉ざしている、かのように。

ばかばかしい。

そんなこと。

あるわけが、無い。

ぐるぐると、渦巻く不信感が。階段の螺旋模様と、重なって。

めまいが、した。

もう。どれくらい、上り続けているんだろう。

体力は、ある方だけれど。さすがに、脚が重くて。

息が、切れる。

疲れた。

帰りたい。

そうだ。何も。

杉ちゃんに。従う義務なんて、無いんだ。

拒否すれば、いい。

もう、嫌だ。と、言って。

この手を、振りほどいて。階段を、駆け降りてゆけばいい。

そうすれば。

「見て。隆。」

子供みたいな、弾んだ声に。

びくりとして、顔を上げる。

突然。視界が、開けた。

さっき見上げた、巨大な鐘が。目の前に、あった。

その向こうに。広大な地平線が、横たわっている。

ホテルの部屋から、見下ろした景色とは。比べものにならないくらいの。

果てしない、風景。

「高いでしょ?気に入ってくれた?」

杉ちゃんは、僕の手を離すと。楽しげに。

鐘突き台の端まで。軽やかな、ステップを踏む。

そうして。

ぎりぎりの、へりに立ち。両手を、大きく広げた。

まるで。翼のように。

「杉ちゃん、危ないよ。」

少し、強い風にあおられたなら。

落ちてしまうに、違いなかった。

ここから落ちたら。確実に、死ぬ。

なのに。

彼には、少しも。恐れている様子は、無い。

その、背中には。

翼なんて。ありは、しないのに。

「気持ちいいよ。隆も、来て。」

穏やかな、風が。赤い髪を揺らして。

彼が。僕の名前を、呼ぶ。

誘われるままに。ふらふらと。

鐘突き台の、縁に近付いた。

でも。

あと一歩。踏み出そうとしたところで。

足が。すくむ。

彼と、同じ場所まで。あと、一歩。

それが。

どうしても。できない。

僕は、恐れている。

高さを。いや。

死を。

その事実に。狼狽する。

あと、数歩先に。死が、存在するという。

この、瞬間。

それが。何よりも、恐ろしい。

杉ちゃんに。

恐れは。無いんだろうか。

謂れの無い、死の恐怖。それからも。

彼は。自由なんだろうか。

こんなにも、不自由な。

僕を、おいて。

湧き上がる、この感傷が。

愛情なのか。憎しみなのかも。わからないままで。

僕は。こんなところまで、来てしまった。

翼の無い。痩せた、背中。

ほんの、ちょっとでいい。

ほんの、ちょっと。押したなら。彼は。

真っ逆さまに、墜落して。

あの。緑色の、キャンバスに。叩き付けられて。

赤い色を。散らして。

赦されるなら。僕は。

その、様を。

彼が描く。一部始終を。

この眼で。見たい。

ほんの、一押しで。

彼の運命を。変えることが、できてしまう。

僕の、運命も。

きっと。変わる。






いつだって。目の前を、歩いていた。

何よりも。僕を、大切にしてくれた。

杉ちゃんの、背中。

翼なんか、見えない。その、背に。

そっと。

手を。伸ばした。








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