SR

□かなしい心臓/生命の樹
1ページ/1ページ








隆は、哀しいから。

僕は、いつも泣いてしまう。

僕が泣いていたことに、隆は気付いていただろうか。

僕を救おうと、考えてくれただろうか。





君は、何もしてくれなかった。

僕を、傷付けてもくれなかった。





ベッドの上で。激しく愛を交わし合った後。

君の裸の胸に、頬をすり寄せて。

心臓の鼓動を、聴く。

耳を澄ませば、それは。

深く。哀しい。

その虚しさに、泣く。

君の淋しさに。泣く。





「何、してんの。」

単に甘えられてるとでも勘違いしてそうな、隆の。

少し、照れたような。でも、どこか嬉しそうな笑い声が。鼓膜を優しく、震わせた。

「聴いてるんだよ。」

「何を?」

「隆の。心臓の、音。」

そう。

「すごく。哀しい音、してる。」

くすぐったくなるような、笑い声が。

ぴったりと。やんで。

不安に駆られて、見上げると。隆は。

じっと。僕のことを、見つめてる。

一切の表情が抜け落ちた、その顔は。

とても、澄んでいて。孤独で。

透明で、ひとりきりの君は。とても、うつくしいけれど。

やっぱり、君には。笑っていてほしいと。

心から。僕は、願う。

「淋しいの?」

少しでも。君を、わかりたくて。

尋ねると、隆は。

大切な、秘密を打ち明けるかのように。

そっと。囁いた。





「やめてよ。そういうの。」





さっきまでとは、まるで別人みたいに。

甘やかな、その声には似つかわしくない。冷酷な言葉で。

無神経な、僕のことを。

ばらばらに、切り刻む。

「俺の中に、入って来ないで。」

きもちわるい。

最後は、まるで。嘔吐でもするかのように、告げられて。

絶望する。

死にたくなる。

「ごめん。ごめんね、隆。」

白い足首を捧げ持ち。その甲に、口付けを落とした。

「悪かったよ。謝るから。だから」

捨てないで。

懺悔と悔恨を以って。何度も何度も、哀願する。

滑らかな皮膚に、キスしたり。舐めたりを繰り返す。

これは、儀式なのだ。

何よりも。神聖な。

やがて、隆が。少しだけ。纏っている空気を、和らげてくれたのを感じて。

安心した。

涙が、出そうだ。

機嫌の直った隆は。鼻歌でも唄い出しそうな様子で、身を起こし。

必死で、贖罪の儀式を続ける。僕の頭を、くしゃりと撫でてくれる。

「いい子だね。すぎちゃん。」

赦して。くれたのだろうか。

こんなにも、罪深い。僕を。

くすくすと笑いながら、ご褒美をくれる。隆の手のひらが、優しくて。温かくて。

大切な気持ちを。きちんと、伝えてあげたいのに。

今にも、涙が溢れそうで。抑えきれず。

声を、詰まらせてしまった。





「隆のこと。愛してる。」

「ほんと?」

「ほんとだよ。」

「どれくらい、あいしてる?」

「隆のためなら。喜んで、死ねるくらい。」

「ふうん。そう。」

告白への応答は、ひどく平坦に響くだけで。

少し強めに、僕の髪を引っ張った。君は。

まるで、今が。審判の刻だとでも、言うかのように。

どこまでも、純粋で。

天使みたいに、無感情な。

宣告を、する。

「本気じゃなかったら。赦さない。」





こんなにも。

君は、孤独なのに。

君の中の心臓は、微かだけれど。確かに、その機能を果たしていて。

生きていることの疑問も矛盾も。内包して。

変わらず。哀しい音を、奏で続ける。

だから。僕は、また。

その不協和音に、泣くしかない。

ひとりきりの、君を。

愛するしか、ない。





「ひとりに、しないでね。」

「しないよ。」

「ずっと、傍に。いてね。」

「傍にいる。誓うよ。」

だから。

「キスして。隆。」





最後の審判が、訪れる。その刻。

生きていることの。疑問も矛盾も呑み込んだ、君は。

あまりに、脆く。うつくしく。

罪深くて。





歓喜に打ち震えながら、味わった。口付けは。

生ぬるい。死の手触りに、満ちている。

それは。記憶のどこかに、存在するであろう。

母なる羊水の。味に似ている。





やがて。

僕らが、ここを。追われることも。

背中の、翅を。失うことも。

君が、僕を。

捨て去ることも。

ぜんぶ。知っていた。





君は、残酷で。

とても。かなしかった。









[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ