SR

□そのやまい、死に至らず。
1ページ/2ページ








「つまりさ。孤独なんて、あくまでも相対的なものであって。絶対的な孤独なんて、存在しないわけ。一人でいるのに淋しくなかったり。大勢で騒いでるのに、自分はひとりきりだと感じたり。」

「杉ちゃん。ケチャップついてる。」

テーブル超しに、滑らかな白い指が伸びてきて。俺の唇の端を拭った。

ついでに、補足すると。それケチャップじゃなくて、トマトソースだと思う。

「例えば、ほら。俺の感じる孤独と、隆の感じる孤独って。きっと、違う形をしてると思うんだよね。」

「うーん・・・どうかなあ。」

人差し指についた『ケチャップ』を、ぺろりと舐めて。俺の元彼(『元』の部分は認めたくない)は、しばし考え込んだ。

DJラウンジにもなる、宇宙的インテリアが素晴らしい青山のカフェは、この俺杉原のお気に入り。

勝負の時に使う、とっておきである。

そんな店の中、隅っこの一番静かなスポットに陣取って。隣のテーブルには誰も座らないように、偽名で予約まで入れて。

ようやく。やっと。ふたりきり。

久しぶりに、二人で観に来たライヴ。

打ち上げへの誘いを、断ってまで得た。とびきりの、チャンス。

こんな必然を、逃す手は無い。

スタッフおすすめの、プロシュートピザを手に載せて。真剣な顔つきで考え込む隆の。答を、俺は待っている。

「まあ・・・友達は、多い方かな。」

いや。そういうことじゃなくてさ。

つか。暗に、自分が友達いないとか言われたみたいで。地味に、へこみますね。

ちくしょう。

でも。打ちのめされてる場合じゃない。

俺には。この日のために考えた、究極の決め台詞があるんだぜ。

「隆。」

「うん。」

「俺は、どんなにたくさんの人に愛されてても。隆がいなけりゃ、ひとりと同じだよ。」

決まった。

・・・と、思ったのに。

「杉ちゃんの、うそつき。」

なんで!?

なんで、そんな怖い顔してるわけ?隆。

隆は、ピラミッドみたいなピザのとんがりを、がぶりと噛んで。もごもごしながら、俺のこと睨んでる。

地雷。今のが、ひょっとして。

ひょっとしなくても。

「杉ちゃんさ。前に俺のこと、嫌いだって言ったじゃん。」

う。

「そんなこと・・・」

言ってない。

・・・うそ。

言いました。

あの時の、記憶。

今や。すっかり沈殿して、苦味だけが濃くなった。その映像が甦る。

しおらしく。いつだって俺の三歩後ろを歩んできた、隆に向かって。

振り返り。俺は言った。

『なんだよ。その顔。』

『だから。お前が、嫌いなんだ。』

杉原、最大の過ち。

取り消したい、過去。

思い出すだけで、胸が痛い。

「ゆるして。」

反省してる。

勿論、今はそんな風に思ってない。思ってるはずがない。

あの時は。ガキだったんだ。

年齢的には大人でも、中身は甘え腐った思考の子供。

隆が俺を追い越して。俺のことなんか、振り返りもしない。

もう二度と、視界にも入れてくれなくなるような。そんな未来を想像して。

ただ、怖かっただけなんだよ。

それにしても。隆ってば、余計なことばっか覚えてるんだから。

変に、執念深いって言うか。

昔のことだ。いい加減、赦してくれよ。

「ゆるすよ。」

「ほんと!?」

「ゆるすけど。杉ちゃんのことは、信じない。」

きた。

シンプルだけど、きつい一言。

かなり相当、どころじゃなく。こたえた。

なんかもう、泣けてくる。

うまそうな唇しやがって。

涼しい顔して、ピザなんか食いやがって。

俺はもう、何回隆に殺されているんだろう。

めった刺しだ。大量出血だ。

「食べにくい。」

しまいには、文句を言いつつ。ナイフとフォークで、ピザを細かく切り刻み出した。

俺、今。あのピザに載った、生ハムの気分。

真っ二つに、引き裂かれた。心。

「確かに、俺。隆のこと、嫌いって言った。」

「言ったね。」

「でも。今は、違う。違うんだよ。」

「どう違うの。」

「今の俺にとって、隆は。恋とか欲とかも超越した。神聖な存在って言うか。」

「ふうん。」

「何かしたい・・・とかじゃないんだ。ただ、傍にいるだけで。」

「結婚してても?」

「隆が選んだ女なら、祝福する。」

「子持ちでも?」

「隆の子供なら、俺にとっても家族だよ。」

どうだ。

俺以外の誰も。こんな風に、君を愛せやしない。

君が最近べたべたしてるあいつなんか、腹ん中は嫉妬でどろどろ。何しでかすかわかんない、危険な黒デレだし。

かと思えば、つんでれ気取ったあいつも。平たく言えば、ただのむっつりすけべ。

いつ何時、隆のこと手込めにしようとするか。一瞬たりとも、油断ならないし。

つまり。隆を、いちばん大切にしてて。隆を、いちばん理解してるのは。他ならない、この俺杉原なわけよ。

それなのに。

「やっぱり。信じられない。」

撃沈。

だめだ。

何を言っても、届かない。

たった一回の過ちに、ここまで苦しめられるなんて。

どんだけバカだったんだ。10年前の俺。

今すぐ、タイムスリップでもなんでもして。ぶん殴ってやりたい。

後悔の大波に、さらわれる。

テーブルの下で、手を繋ぐまでに漕ぎ着けるという。今宵の作戦。

初っぱなから、挫かれ過ぎて。もはや、戦闘不能状態。

店を出るまで。俺たちは(主に俺が)、ぎこちない会話を続け。

少し歩きたいと言う、隆に付き合って。人もまばらな深夜の並木通りを、散歩することになった。








次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ