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□そのやまい、死に至らず。
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「つまりさ。孤独なんて、あくまでも相対的なものであって。絶対的な孤独なんて、存在しないわけ。一人でいるのに淋しくなかったり。大勢で騒いでるのに、自分はひとりきりだと感じたり。」
「杉ちゃん。ケチャップついてる。」
テーブル超しに、滑らかな白い指が伸びてきて。俺の唇の端を拭った。
ついでに、補足すると。それケチャップじゃなくて、トマトソースだと思う。
「例えば、ほら。俺の感じる孤独と、隆の感じる孤独って。きっと、違う形をしてると思うんだよね。」
「うーん・・・どうかなあ。」
人差し指についた『ケチャップ』を、ぺろりと舐めて。俺の元彼(『元』の部分は認めたくない)は、しばし考え込んだ。
DJラウンジにもなる、宇宙的インテリアが素晴らしい青山のカフェは、この俺杉原のお気に入り。
勝負の時に使う、とっておきである。
そんな店の中、隅っこの一番静かなスポットに陣取って。隣のテーブルには誰も座らないように、偽名で予約まで入れて。
ようやく。やっと。ふたりきり。
久しぶりに、二人で観に来たライヴ。
打ち上げへの誘いを、断ってまで得た。とびきりの、チャンス。
こんな必然を、逃す手は無い。
スタッフおすすめの、プロシュートピザを手に載せて。真剣な顔つきで考え込む隆の。答を、俺は待っている。
「まあ・・・友達は、多い方かな。」
いや。そういうことじゃなくてさ。
つか。暗に、自分が友達いないとか言われたみたいで。地味に、へこみますね。
ちくしょう。
でも。打ちのめされてる場合じゃない。
俺には。この日のために考えた、究極の決め台詞があるんだぜ。
「隆。」
「うん。」
「俺は、どんなにたくさんの人に愛されてても。隆がいなけりゃ、ひとりと同じだよ。」
決まった。
・・・と、思ったのに。
「杉ちゃんの、うそつき。」
なんで!?
なんで、そんな怖い顔してるわけ?隆。
隆は、ピラミッドみたいなピザのとんがりを、がぶりと噛んで。もごもごしながら、俺のこと睨んでる。
地雷。今のが、ひょっとして。
ひょっとしなくても。
「杉ちゃんさ。前に俺のこと、嫌いだって言ったじゃん。」
う。
「そんなこと・・・」
言ってない。
・・・うそ。
言いました。
あの時の、記憶。
今や。すっかり沈殿して、苦味だけが濃くなった。その映像が甦る。
しおらしく。いつだって俺の三歩後ろを歩んできた、隆に向かって。
振り返り。俺は言った。
『なんだよ。その顔。』
『だから。お前が、嫌いなんだ。』
杉原、最大の過ち。
取り消したい、過去。
思い出すだけで、胸が痛い。
「ゆるして。」
反省してる。
勿論、今はそんな風に思ってない。思ってるはずがない。
あの時は。ガキだったんだ。
年齢的には大人でも、中身は甘え腐った思考の子供。
隆が俺を追い越して。俺のことなんか、振り返りもしない。
もう二度と、視界にも入れてくれなくなるような。そんな未来を想像して。
ただ、怖かっただけなんだよ。
それにしても。隆ってば、余計なことばっか覚えてるんだから。
変に、執念深いって言うか。
昔のことだ。いい加減、赦してくれよ。
「ゆるすよ。」
「ほんと!?」
「ゆるすけど。杉ちゃんのことは、信じない。」
きた。
シンプルだけど、きつい一言。
かなり相当、どころじゃなく。こたえた。
なんかもう、泣けてくる。
うまそうな唇しやがって。
涼しい顔して、ピザなんか食いやがって。
俺はもう、何回隆に殺されているんだろう。
めった刺しだ。大量出血だ。
「食べにくい。」
しまいには、文句を言いつつ。ナイフとフォークで、ピザを細かく切り刻み出した。
俺、今。あのピザに載った、生ハムの気分。
真っ二つに、引き裂かれた。心。
「確かに、俺。隆のこと、嫌いって言った。」
「言ったね。」
「でも。今は、違う。違うんだよ。」
「どう違うの。」
「今の俺にとって、隆は。恋とか欲とかも超越した。神聖な存在って言うか。」
「ふうん。」
「何かしたい・・・とかじゃないんだ。ただ、傍にいるだけで。」
「結婚してても?」
「隆が選んだ女なら、祝福する。」
「子持ちでも?」
「隆の子供なら、俺にとっても家族だよ。」
どうだ。
俺以外の誰も。こんな風に、君を愛せやしない。
君が最近べたべたしてるあいつなんか、腹ん中は嫉妬でどろどろ。何しでかすかわかんない、危険な黒デレだし。
かと思えば、つんでれ気取ったあいつも。平たく言えば、ただのむっつりすけべ。
いつ何時、隆のこと手込めにしようとするか。一瞬たりとも、油断ならないし。
つまり。隆を、いちばん大切にしてて。隆を、いちばん理解してるのは。他ならない、この俺杉原なわけよ。
それなのに。
「やっぱり。信じられない。」
撃沈。
だめだ。
何を言っても、届かない。
たった一回の過ちに、ここまで苦しめられるなんて。
どんだけバカだったんだ。10年前の俺。
今すぐ、タイムスリップでもなんでもして。ぶん殴ってやりたい。
後悔の大波に、さらわれる。
テーブルの下で、手を繋ぐまでに漕ぎ着けるという。今宵の作戦。
初っぱなから、挫かれ過ぎて。もはや、戦闘不能状態。
店を出るまで。俺たちは(主に俺が)、ぎこちない会話を続け。
少し歩きたいと言う、隆に付き合って。人もまばらな深夜の並木通りを、散歩することになった。
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