JRA

□冬の日、聖者、そらのした。/1
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裸足で海岸線に立ち、廃墟になった街を見渡す。

僕と君の、思い出の場所さえも。わずかな原型を留めるだけ。

そう言えば。あんな場所で唄ったことも、あったっけ。

きっと。すぐに、忘れる。

帰る家は、無い。

やっとできた家族も。今は、もう居ない。

唯一最後まで身に付けていた、携帯電話は。とっくに充電が切れて。

かつて、穢れた血を分け与えた。僕の子供だった人の写真すら、見れなくなってしまった。

もうすぐ。

彼の顔も、きっと忘れる。

季節は、春を迎えようとしている。

だぼだぼのワンピース一枚で、下は履いていないから。

潮風が、少し冷たい。

無意識のまま。大きくなった腹に、手を当てた。

遠くに、僕を呼ぶ。

君の声が、聞こえる。

雪が降った、あの夜を思い出す。

すべてが終わり、始まった夜。

大好きな。君のこえ。





クリスマスの夜。赤い服の聖人。

あなたは、信じるだろうか。

ばかばかしいと、思うだろうか。

僕は、知っている。

『彼ら』は本当に、『いる』のだ。

世界が、赤と緑と白に染まり。にぎやかな食卓を囲んで、見知らぬ家族の笑い声が響く。

僕はいつも。曇った窓ガラスの向こうに、その光景を見つめていた。

決して届かない世界に、憧れていた。

ひとりきりで。

初めて『あの人たち』に出逢ったのは。そんな、13歳のクリスマス・イヴ。

時計の針が、ゼロに重なる。真夜中。

ベッドの上。ふと、眼を覚ますと。

彼らは、いた。

灯りの無い部屋の中、10体ほどの人影が、僕を囲むように浮かび上がる。

最初は、幽霊かと思った。

でも。彼らには、紛れも無く実体があった。

誰一人として、言葉を発することはせず。自ら名乗ることもしない。

だから。僕がその正体を知るのは、しばらく後のことになる。

顔はよく見えなかったけれど。たぶん若い男もいれば、年老いた者もいた。

複数の手が、僕に向かって迫ってくる。

その手は、ねっとりとして熱く。まるで触手のように、べとべとと絡み付き。

金縛りにあったみたいに動けない、僕のパジャマを引き剥がし始めた。

下着が足首から抜け落ちた時。ようやく、何をされるのか。おぼろげに理解できたけれど。

指先さえ、ぴくりとも動かせない。

抗えない。

そうして。

両脚を持ち上げられて。なんの前触れも無く。硬いものを、ねじこまれた。

激痛に、自ずと悲鳴が上がった。

誰か。

助けて。

おかあさん。

たすけて。

熱い。痛い。

殺される。

叫んでも、喚いても。誰一人、来てはくれなかった。

痛みと恐怖で、意識が遠のく。

いっそ、気を失うことができたら。

悪い魔法でもかけられたみたいに、眠ることができない。

僕は、犯された。

交替で。彼らは僕を、犯した。

セックスなんて。もちろん、女性ともしたことはなくて。

次々とペニスを突っ込まれ。精液を注ぎ込まれながら。

少年だった僕は。声も無く、泣いた。

きちがいの見る、夢であってくれと。何度も願った。

月明かりに照らされた。彼らは全員、真っ赤な服に、真っ白な髪だった。

鮮やかすぎて。気味が悪いほどの、赤。

間近で見ると、ところどころがまだらで。元は、白い服であったことに気が付く。

何か、赤い粘液のようなものが、べっとりと染み込んで。濡れている。

青ざめた肌と、見開かれた瞳。

無表情な顔つきは。彼らを一様に、国籍も性別も無い、アンドロイドのように見せていた。

ただ。非現実的な相貌とは対照的に、反り返ったペニスだけは妙に生々しくて。

吐き気がした。

だけど。本当に恐ろしいのは、その後だったのだ。

ひっくり返され、四つん這いで挿入されながら。胸や、性器を刺激される。

自慰の経験はあったけれど。他人の手や口で弄ばれるのなんて、初めてだ。

涙が出た。

きもちよすぎて。

痛みは、遠くに吹き飛んで。嵐のような、激しい快楽に翻弄されて。

何度も何度も、射精を強いられる。

彼らが担いでいた、大きな白い袋が開かれ。吐き出した精液を、余すところ無く受けとめる。

さんざん、きもちよくさせられて。意識が朦朧とし始めた頃。

ようやく。僕は、解放された。

どれだけの時間が経ったのかも、わからなかった。

彼らの一人が、白い袋の口を、無言で僕に差し出す。

促されるままに、ぼんやりと覗き込んで。息を飲んだ。

僕の精液が注がれたはずの袋の中には、色とりどりのおもちゃ。

そう、子供が好きそうな。ぬいぐるみやロボット。

恐竜に、回転木馬。着せ替え人形に、カウボーイ。

本物そっくりの、小さな車。赤とピンクの、ロリポップ。

ぎっしりと詰まって。届けられるのを待ちきれないとでも言うように、きらきらと輝いている。

生きているのだ。この、おもちゃ達は。

その光景を眼にした時。僕は、彼らが何者なのか。はっきりとわかった。

彼らがここにやって来た、理由も。

同時に、さっきまでとは違う。

不思議な充足感のようなものが、心の奥底から湧き上がって。全身に広がってゆくのを。確かに感じていた。

その日、13歳のクリスマスイヴ。

僕の、プレゼントをもらう役割は終わり。

プレゼントに命を吹き込む、工場としての務めが始まったのだ。





荒唐無稽な話だって、笑われるかな。

仕方無い。

僕自身、最初は夢だと信じて疑わなかった。

あの鼓動の高まりも、喰い荒らされる恐怖も。

思い出しただけで。勃起してしまうほどの、快楽も。

なぜなら、目覚めた時。僕の身体には何一つ、前夜の痕跡を示すものは残っていなかったから。

赤い服の聖者たち。

随分と、奇妙な夢を見たと。

そんな確信が否定されたのは、一年後。

再び、彼らはやって来た。

次の年も。

その次の年も。

一年に一度。僕は犯され。無数のおもちゃを、産み出し続ける。

得体の知れない存在とはいえ。複数の男にレイプされて、泣くほど感じている。

時には、彼らのペットなのだろうか。毛むくじゃらの巨獣が、後ろからのしかかってくることさえあった。

背中に付いた蹄の跡は消えても。内臓を突き破られるような荒々しい交尾の余韻が、いつまでも疼いて。僕を、甘く悩ませた。

後ろめたさは、初めのうちだけだった。

いつしか、僕は。彼らが訪れる日を、指折り数えて待つようになる。

自慰なんか遠く及ばないほどの、気持ち良さと。

ひとりぼっちじゃないことが。

この世界に必要とされていることが、嬉しくて。

誰にでも、できる役目じゃない。

僕は、選ばれたのだ。

さすがに、女性と過ごしていたイヴ。眠る彼女の横で、犯され続けた時は。仕事熱心な聖人たちを恨みもした。

それでも。やめたいとは、思わなかった。

彼らとの、夜が。

誰からも必要とされていない、僕の。生きる理由だったから。

だけど。それも。

君という人間に。出逢ってしまうまでの話。








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