JRA

□冬の日、聖者、そらのした。/2
1ページ/3ページ







鉄橋の下の河原で。ただ一人。

赤い聖者たちが、やって来るのを待つ。

必ず、来る。僕が、どこに隠れていたとしても。

長年の経験から、学んだことだ。

今にも崩れ落ちそうな木造の小屋は、何度もこの辺りを散策して見付けた。

もう使われていないはずで。急に無くなったとしても、誰も困らない。

懐中電灯の灯りを頼りに。あらかじめ運び入れて布をかけておいた、ガソリンタンクの横に腰を下ろす。

時計の針が、ゼロに重なる。もうすぐ。

クリスマスイヴの今夜は、すごく寒くて。

吐いた息が、すぐに凍ってしまいそうなくらい。白かった。

僕が、やろうとしていることは。

人殺し、なのだろうか。

いや。

違う。

彼らは、人間ではないのだ。

僕の行為が罪に問われることは、きっと無い。

それでも。恐ろしさは消えなくて。

手繰り寄せつつある決着が。途轍もなく身勝手で、残酷なもののように思われて。

コートを着ていても、身体の震えは止まらなかった。

一度だけで、いい。

勇気がほしい。

僕は、変わりたい。

君のために。

J。

たいせつな笑顔を。何度も何度も、思い返す。

会いたいよ。

鉄橋を通過してゆく、電車の音が響く。

きつく瞼を閉ざして。君の大きな手のひらを想像しながら、膝を抱えた。

しばらくして。

首筋に、なまぬるい空気を感じた。

腐敗した、血のにおい。

ゆっくりと、顔を上げる。

薄明かりの中に浮かび上がる、鮮やかな赤。

視界を埋め尽くすほど、すぐ目の前に。

彼らは、立ち並んでいた。





迫り来る白い手を、寸でのところでかわすことができた。

床に身を転がしながらも、必死でガソリンに腕を伸ばす。

髪を掴まれ引き戻されそうになったので、袖に隠していたナイフをめちゃくちゃに振り回した。

獣のような咆哮と共に、生あたたかい液体が僕の頬を濡らす。

刃先に付着した赤が、眼の端に映る。

おののいている暇は無い。

立ち上がり。タンクを掴んだ。

何度も何度も。頭の中で、試行を重ねたはずなのに。

思ったように、ぶちまけられなくて。最後はタンクごと、彼らに向かい投げ付けてしまった。

聖者たちに、怯んだ様子は微塵も無く。ただ不気味な無表情で、じっと僕を見据えていた。

恨んでいるようにも。哀しんでいるようにも。

裏切り者の僕を。糾弾しているようにも見えた。

ごめんなさい。

わかってる。でも。

僕は。変わらなきゃ、いけないのです。

だって。

この魂は、もう。Jだけのもの、だから。

さようなら、なんだ。

メリィクリスマス。

お別れの言葉を口にして。

聖母の姿が刻まれた、銀のライターを掲げる。

それから。

そっと。祈るように、手を離した。

あっという間だった。

ちっぽけだった炎は、一瞬にして勢いを増し。赤い服の足元から上へ、めらめらと這い上がる。

凄まじい轟音を立てて。彼らは次々と、人の形をした火柱へと化した。

肉の焦げる臭いが、鼻をつく。

ひどい。

まるで。人間を焼いたみたいに。

ひとではないもののくせに。

胃液が込み上げてくる。

口を覆い、小屋を飛び出した。

あっけなく、炎に包まれ。崩壊してゆく廃屋を眺めながら。

なぜか。わけのわからないおかしさが、胸を衝いた。

おかしくて。どうしようもなくて。

堪えきれずに。声を上げて笑った。

涙に曇る視界の向こうで。

真っ赤に染まった空から、白いものが舞い落ちる。

同時に。いくつもの光が、流れ星みたいに真上を横切った。

雪。

いや。これは。

直感的に。悟った。

何かが、始まろうとしている。

あるいは。

終わろうと。

J。

君のところへ、行かなくちゃ。

燃え上がる業火に背を向け。僕は、走り出した。

抱きしめてほしい。

たった一人の、元へ。








次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ