IR続き物

□ G ノースマリンドライヴ/1
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思ってたよりもあっさりと。華奢な身体は腕の中に落ちてくる。

一瞬。君の肩は跳ねるように強ばって。でも。押し返されたりはしなかったから。

そのまま。抱きしめた腕に力を込めた。

ぎゅうぎゅうと容赦無く圧迫されて。隆一の唇から悲鳴みたいな吐息が洩れる。けれど次の瞬間には、その両腕が俺の背中に回っていた。

恐る恐る。肩甲骨を確かめるみたいに。あやすみたいに包まれて。

嬉しくなる。

嬉しいのに。苦しくて。鼻の奥がつんとして。

さっき。俺は君のことを寒そうだなんて思ったのに。

君の首筋は。信じられないくらい熱くて、柔らかくて。

頬だけが、唯一ひんやりとした感触を伝えてきて。

隆一は香水を付けていなくて。ほとんど無臭に近かったけれど。整髪料なのか、かすかにミントのような香がして。

それは。肺に記憶させたくなるくらい。とてもいい匂いで。

まるで。ずっとそうすることが正しかったみたいに。君の身体は、俺の腕の中にぴったりと馴染んで。

ただ無心に。抱きしめて。抱きしめられる。

知らなかった。

たったこれだけのことで。自分がこんなにもどきどきするなんて。

顔を埋めた首筋から伝わる。君の拍動も少し早いみたいで。それが俺の感覚全部を満たしていって。溢れて。

どきどきしてるのは本当だけれど。この前みたいな気持ちとは全然違う。

興奮とか。衝動とか。もっともっとと、先を求める欲望とか。そんなんじゃない。

今は。こうしてる。それだけで満たされる。安心できる。

なんだか。信じられない。

君と。こんな風に抱き合う日が来るなんて。

本当に

「信じられない。」

「え?」

思わず。声に出てしまっていた。

耳聡くも聞き逃さなかった隆一は、少し身体を離して俺を見つめてくる。

潤んだ眼差しがまだ不安そうに揺れていて。頬の色が血の気を無くして。透き通るように白くて。それを見てたら、ふたりの間に生じた僅かな隙間すら。惜しく感じて。

淋しくなって。

急いでまた。小さな頭を引き寄せた。

冷たい頬を手のひらで包み込む。額と額をくっ付けて。目を合わせて。

近すぎる距離に。君の瞳がぼやけて滲んだ。

「さっきの。悪い意味じゃないから。」

「うん。」

「こうなるなんて思ってなかったから。なんか。信じられなくて。」

「うん。」

俺も、と囁かれる。君が微笑んだとわかって。やっぱりキスしたいな。と思った。

こないだみたいに貪るようなやつじゃなくて。ただ触れるだけの。淡いキス。

思い付いてしまったものは仕方が無い。即、実行に移してやる。

瞬時に触れて。名残惜しさを感じる間も無く。離れた。

不意打ちを食らったのか、切れ長の瞳が丸くなる。

ああ。もう。

いい年の男に向かって。失礼かもしれないけど。

そんな君は。やっぱり凶悪なくらい。かわいいと思った。

ほんと。俺も大概終わっちゃってる。

二度目のキスに落ちるまで。たいした時間はかからなかった。





君と眺める海は。いつもよりどこか少しだけ、その青さを濃くしている。

波打ち際すれすれを遊ぶみたいに辿って行く君の足取りが。今にも濡れそうで危なっかしいなあとか思いながら。少し離れて後ろを歩いた。

さっきまでの壊れそうだった表情はきれいさっぱり消え去って。今の君は、あきれるくらい上機嫌そのものだ。

君の口ずさむ唄声が。俺の知らないメロディが。海風に溶けるように流れては、消えてく。

君の背中は、時々砂に捕られるようによろめいて。

それはまるで。この世界では不安定な。君の存在そのものを表しているようで。

気が付いたら。手を伸ばしていた。

奔放に揺れる冷えきった指先を捕まえて。ちょっと強引に握り込む。

振り向いた君の顔は、咎めるようなものではなくて。

むしろ。そうされることをずっと望んでいたように見えたから。

冷たい指先に俺の熱が伝わるみたいに。君を温めることができるみたいに。互いの気持ちも全部。分かち合えたらいいのにって。

子供じみているけれど。心の底からそう願った。





ふたり並んで。ただぼんやり海と向き合いながら。繋いだ指先を離さずにいる。

離してはいけない気がした。

わかってる。

いつまでもこうして。手を繋いでいられるわけじゃない。

明日は、必ず訪れる。

その事実以外に。変わらないものなんて、何一つ無いのだろう。

始まった瞬間に。それはきっと。誰もが避けられない終わりへと向かうだけ。

だから。始まることが、怖かった。

変わってゆくことが。恐ろしかった。

君といる時にだけ訪れる、そんな透明な感傷さえ。ここにいることで共有する、いとしさや痛みでさえ。ゆるやかに。薄れて。

君の笑顔も。思い詰めたような黒い瞳も。いやらしく濡れた薄い唇も。

砕け散りそうに俺を求めた。脆弱な声も。

君のすべてが大切だなんて。身体いっぱいで感じた記憶も。

いつかは全部。跡形も無く、消え去ってしまうのかな。

たとえそうなんだとしても。覆すことができなくても。

今は、もう少しだけ。目を閉じて。

君をこの世界に。俺の奏でる世界に。繋ぎ留めておきたいから。

明日が怖いなんてこと。忘れさせてあげたいから。





もうすぐ太陽は朱く。その色を変えて沈む。

真っ青な海を。血で汚すみたいに。





「大丈夫。」





そう告げて。強く強く。指を絡めた。

君を幸せにできるのは俺じゃないけど。

君のこと。ちゃんと汚してあげられるのは。君が君だってこと、教えてあげられるのは。

きっと。俺だけなんだと思う。

音も無く閉ざされた。君の瞼は小さく震え。

頬を流れ落ちた雫に。あと少しだけは。気付かないふりをして。





世界が沈む感覚に身を委ねる。

血を流す視界の中で。最後まで青さを叫び続けた。

濁りの無い宝石みたいな。君のなみだに。









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