JRA

□冬の日、聖者、そらのした。/2
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空から降りそそぐ光は。希望のかけらではなかった。

それは、人々を喰らい。呑み込んだ。

生命を与えられ損ねた、おもちゃたち。

飼い主の手を離れた今は、ただの狂暴な『けもの』に過ぎない。

新鮮な魂を求め、さまよう。

狂乱の駆け抜けた街は。ただひたすら、沈黙に沈んでいた。

車で塞がれた、道路。

足を踏み進めるたび。割れたガラスが、音を立てる。

むせ返るような、血のにおい。

ちぎれた腕や、足首。

喰い散らかされた、内臓の一部。

人の身体、だったもの。

破れた女性の腹から飛び出している。臍の緒が繋がったままの胎児。

母親の瞳は、まだ生きているかのように。僕を凝視し、涙を流していた。

ごめんなさい。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

眼を塞いで、通り過ぎる。

血液の赤。

針葉樹の緑。

舞い落ちる、白。

全ての亡骸に降り積もる、悼みの雪。

ストロベリーパイの上にまぶされた、粉砂糖のように。

Jは。

まだ。生きて、いるだろうか。

お願いだから。

生きて。

僕に残った感情なんて、ほんのわずかで。

もう。

何も。怖くなんか、ない。

赦されようとは、思わない。

Jだけいれば、それでいい。

誰を、犠牲にしたって。

かまわない。





閉ざしきった感覚に。何かが、触れた。

羽毛で包まれるのに似た。かすかだけれど、とても優しい。接触。

一度傷付き、破壊され。消失した身体が。ゆっくりと、再生してゆく。

そんな。錯覚を覚えて。

心地よさに、瞼を開いた。

眼に映ったのは。一枚の、重厚な扉だった。

どうやって、ここまで来たんだろう。

わからない。

けれども。

この場所は、知っている。

記憶の中に存在する、グランドホテルの客室。

君が教えてくれた、ルームナンバー。

約束の。場所だ。

柩のような扉が、累々と立ち並ぶ。廊下は、不気味なほどの静けさで。

異形の『けもの』に、喰い尽くされた。街の惨状が、嘘みたいだった。

インターホンを鳴らす。

この向こうに。

君は、いる。

お願いだから。

生きて。

「隆。」

ドアが開いて、現れた。

いつもと変わらない様子の、Jに。

君の胸に。僕は、崩れるように抱きついた。

「血・・・」

しっかりと、受けとめられて。動揺した声が頭上に降る。

その時、初めて。僕は自分が、ひどい状態であることに気が付いた。

「ごめんね・・・服、よごしちゃった。」

「お前、怪我して・・・」

Jは、これまで見せたことの無い。今にも泣き出しそうな顔をして。両手で僕の頬を包んだ。

厚い手のひらが、震えていた。

「大丈夫。自分の血じゃない。」

「だって、お前」

「J。」

僕を気遣う言葉を遮り。

頬を撫でる指先に、自分の指を重ねながら。

ありったけの想いが、とめどなく溢れて。

君の顔を、見上げた。

「だいて。」





僕の生きてきた、過去は。

ばらばらになったパズルのピースを寄せ集めて。完成図も無いままに並べては。また踏み荒らして、創り直す。

そんな作業の、繰り返しだった。

誰かに、必要とされたくて。

守ってほしくて。

愛されたくて。

すがり付いた場所は、でも。ただ利用され、消費されるだけの場所でしかなくて。

いつだって。本当の意味の、『特別』になんかなれなかった。

こんな、僕だけど。

君の傍に、居てもいいかな。

君の望むものに、なれるのかな。

君は僕に、なかなか手を伸ばさなくて。

少し淋しかったけど。嬉しかった。

からだよりも、大切にしたいものがあったから。

何もかも。君のためだった。

終わらせたのも。

変わろうとしたのも。

君のため。

血液と炎でぼろぼろになった服を。Jは丁寧に、脱がせてくれた。

戸惑いながらも。君は確かに、興奮していた。

それは。僕も、同じ。

早く、ひとつになりたい。

繋がりたい。

もどかしくて、君のジーンズに手をかけたら。困ったような、笑い方をされた。

僕は、その笑顔が好きだった。

はだかになって。重なり合って。

あたたかい。君の腕にくるまれて。

きもちよくて、しあわせで。涙が零れる。

目尻に柔らかい感触が落ちて。君の舌が、優しく舐めとってくれた。

穏やかな幸福感は。やがて、激しい情欲の渦に巻き込まれてゆく。

はしたない声を抑えられなくて。おかしくなってしまいそうで。

咄嗟に噛んだ僕の手首が、そっと掴み上げられる。

傷口に、慈しむようなキスをされる。

繰り返し。

理性の痕が、塗り潰されてゆく。

僕のなかが、君で満たされてゆく。

もっと。

もっと、ほしい。

溢れるくらい。君で、いっぱいに。

溶け合って。

外は。血の海。

絶え間無い、殺戮と。

浄化。

悼みの雪に濡れた。聖なる夜。

君と僕は、結ばれたのだ。





あらゆる人々の。犠牲の上に。








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