Dream

□imitation rainy
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「でも、嬉しいな。今、凄く幸せです」
「死の今際だというのに、何故ですか」


彼女が息を吸う度、吐く度一呼吸ごとに確実に死が近付いてきている。
呼吸音に血泡が雑ざり初めた目の前のこの女は、傍から見ても分かる程に瀕死だった。
自分の身体だ、己が死に近いと理解しているだろうに何故幸福感を感じれるのだろう。
ネロが疑問に思ったことをそのまま問い掛けると、女は少し思案した風だった。

彼女は長い時間を使ってゆっくりと瞬きをする。
そして天井に目を向けるとどこか遠い目で、

「雨が好きなんです。この血は、まるで雨みたい。
ディープグラウンドに連行されてから八年。もう二度と、雨に当たることなんて出来ないって思ってたから、嬉しいな…。
雨が降るとね、空気の密度が増すんです。纏わり付く空気が心地よくて、足元から沸き立つ様な土の匂いを肺一杯に吸って、裸足で外を歩くの」

目を閉じて今出来る限りの力で懸命に女は息を吸った。
目蓋の裏には懐かしい故郷が思い描かれているのだろうか。立ち昇る土の匂いは、彼女の記憶の中で鮮明に沸き上がる。


「ネロさんは、雨って見たことありますか?」

目蓋が持ち上がり姿を見せた眼球は虚ろで、もう薄らぼやけた残像しか写していないだろう。
白く濁った瞳を真直ぐに見返して、ネロは言葉を返した。

「実際に見たことは…。文献で読んだだけですが、このような水滴なのですか」

それを聞いて女は初めて表情を曇らせる。だかしかしそれは一瞬の事で、再び顔に笑みを讃えながら、見せてあげたいです。と呟いた。





鉄の匂いにも鼻が麻痺し始め、何も感じなくなってくる。
滴り落ちていた血液は凝固を始め、彼女が好きだと言っていた雨が止むのも残り僅か。
足元に横たわる、女の命もあと少し。




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