Dream

□imitation rainy
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髪の先から水が滴り落ちる。
服の上から体に染み込んでくる液体は確実にヴァイスとネロ、二人の体温を奪っていた。
濡れる、と言うより水に浸かった後の様にびしょびしょだ。
水がもったいないな、などと体を流れる液体を見てヴァイスは思う。
入り口に寄り掛かるようにして話を聞いていたヴァイスでさえ相当量の水を浴びているのだ。それ以上に、部屋の奥の方に座っているネロの方が濡れていることは間違いないだろう。




「雨が好きな女が死んだ。それだけの話なんです。
ただ、死ぬ直前まで彼女が固執していた雨はどんなものなのだろうかと、気に掛かってしまって…。
こんな地下の、しかも室内では土の匂いはおろか、雨すらも見ることは叶いませんが」




話し終えたあともう話すことなど無い、といった風に口をつぐんでしまったネロを部屋から連れ出すのをヴァイスは諦めた。
あまり冷水を浴び過ぎるのも体に良くないが、水の流れを中断した方が早いだろう。ネロは完全に思考の渦の中だ。
身動き一つせずにネロは水を浴びていた。水に濡れて光る黒が彼の闇をより際立たせている。


ヴァイスがネロの話の中で理解できたのは一つだけだ。
雨を美しいと思う情緒は持ち合わせていないし、死んだ者に対する感情など持つだけ無駄だ。
先に戻るから、風邪をひかない内に風呂に浸かれ、とだけ言い残してヴァイスは部屋の外へ迎う。
扉を閉める時、最後にネロに向かって背中越しに声を投げつけた。




「その女が好きだったのは、雨だけじゃないと思うがな」




ヴァイスの言葉は届いたのか否か、閉じられた扉を見ることもなくネロは降り注ぐ水を浴びていた。
目を開けながら上を仰ぐと、水滴が落ちてくる様がよく分かる。
しかし此処では、空気の濃度も土の匂いも感じられず、あの女が死んだ時の様に水に溶けだした錆が鉄の臭いを放つだけだ。
顔に注がれた水滴は目に入り、そこから溢れた水が頬を流れ伝って顎の先へ向かい、傍から見るとネロが涙を流しているかの様に見える。
幾度も幾度も流れる水。
それはやはり、美しい涙などでは無く、汚れた水に過ぎないけれども。






ネロは再び目蓋を閉じた。
偽物の雨は未だ降り続けている。







雨が好きな女がいた。ただそれだけの話。




END
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