短編
□秋の夕暮れ
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女神と戦っただなんて、もう信じられないほど穏やかな秋の夕暮。
どこかで鈴虫が鈴を鳴らして、葉は静かに色付いていく。
「貴女もういい歳なんですから、いい加減伴侶をとったらどうです」
「…え」
随分いれるのが上達した紅茶を、師匠であり大切な仲間であるセネリオの机に置いて、彼が一口それを飲んでこの一言。
「貴女は仮にも女なんですから、いつまでも独り身とはいかないでしょう」
どうしたんだろう、セネリオ。そんなこと言ったら、ティアマトだって伴侶なんかとっていないし、彼女はきっと生涯そんなものに自分の生き方を揺るがされないだろうし。何より、セネリオが一番そういったことを分かってると思っていた。
「…セネリオ、」
「僕は嫌なんです」
何が、とは聞かなかった。本当にどうしたんだろうセネリオ。彼が、こんな支離滅裂なことを言うなんて。今日は空から何か降るのか。
「セネリオ、疲れてる?事務処理なら私が、」
「嫌です」
嫌、そんな言葉で断られたのは初めてだ。彼の弟子になってもうかなり長いが、いつも彼は結構です、とか間に合ってます、とか淡々とした言葉で拒絶を示す人だったのに。
彼の一人弟子は、いよいよ不安になった。
でも何も言わなかった。何故なら、どうしたの、という言葉を彼が求めないことは知っていたから。
長年彼から学び、時には助け、衝突してそれでも彼の傍らに寄り添ってきた彼女は、今も黙って彼に寄り添うことしかしなかった。
日暮れを告げる鳥の声が乾いた、でもまだ暖かい空に響き渡る。
「僕が何を考えているか分かりますか」
「分からないよ」
「嫌、なんです」
だから何が、なんて彼に対して思ったのは初めてではないだろうか。いつも、必要以上に明解な言葉を言う人なのに。
「たまには、貴女のように考えるのも悪くないと思ったんです」
「…そっか」
それを聞いた彼の弟子は、少し緊張していた力を抜いて秋を彩る外の世界を見た。
きっと彼女は今の言葉で理解しただろう。そんな彼女を見ながら彼女の師はもう一口紅茶を飲む。
本当に上達したと思う。初めて彼女の紅茶を飲んだときもまあまあ美味しいとは思っていたが、今では彼女以外の紅茶は口に合わなくなる程に。彼女の親友に教えてもらっていたらしい。その親友は、自分の唯一無二の存在だった人とともに世の果てへ旅立ったが。
秋の夕暮の様を見つめる自分の弟子は、きっと生涯伴侶などとらないだろう。
そして、自分も。
長年ずっと連れ添ってきた彼女とは、これからもこのまま共に生きていけばいい。
けれど、もし彼女が伴侶をとるとなったとき、それはきっと自分だろう。逆もまた。
それは、嫌、だった。
だから彼女が自分以外の伴侶をとれば、いいと思った。今思えばなんて支離滅裂。でもたまにはいいかと思えるのは、きっと彼女の影響。彼女はいつだって支離滅裂。滅茶苦茶だけど、決して曲げない一筋の光はいつだって彼女の前にあった。
「ずっとこのまま一緒にいればいいよ」
「そうなるでしょうね」
もう一口紅茶を飲む。
微妙に冷えた紅茶は苦く感じたけれど、これでいいと思った。
幸せと呼ぶには何か足りなくても、満足、だから。
秋の夕暮
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MEMOに載せるつもりの小ネタがいつの間にか長くなって結局短編集に。
ただ傍にいてほしい、ってセネリオは遠回しに言ってみたんです。
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