花 短編

□セージ
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薄い雲が空を流れ、月の光はぼやかされながらも地を優しく照らしている。
時折フクロウの鳴き声が空気を震わせては、闇に溶けていく。


「ライさん、今日はライさんにお土産あるの」

「おっ、気が利くな」

そんな夜、涼やかな風を受けながら寄り添う二人。
一人は闇に同化するような黒いローブですっぽり身を包んだ小柄な者。
一人は薄着で、尻尾をゆらゆら揺らすしっかりとした体の者。けれど、その者も傍らに闇色のローブを置いていた。

「でも今は渡さない。帰るときにね」

「何だよ。じゃあ今言うなって」

「だって、寂しい帰りがちょっと楽しみになるでしょ?」

黒いローブの少女はにっこり笑いながら言った。その隣の男、ライは彼女の言葉に一瞬目を丸くするがその後ため息をつく。

「…お前、策士になったな。師匠に似てきたんじゃないか?」

「それって一番嬉しい誉め言葉!」

「…確かにお前のとこの軍師殿は有能だぜ?でもお前、そっくりになることねえだろ」

「でしょうでしょう!師匠は最高!」

「うん。まあいいよ、もう」

「ライさん!?師匠は最高だよ!」

微妙に噛み合わない会話も、もう慣れた。しかし、彼女はベオクの中でも頭の良い方。だから会話が噛み合わないことはごく稀である。けれど、噛み合わない時は大抵彼女の師の話の時だった。師の話の時、というより彼女が熱くなった時だ。時折、彼女は周りが見えなくなって突っ走る。
それで軍師が勤まるのか疑問なところだが、彼女の師は予想外に有能だった。彼女のそんな欠点とも見れる部分を、逆に持ち味として引き出している。
それほどまでに、彼女の師は彼女を理解しているのだ。

故に、

「…気付いてるだろーな。最高の軍師殿は」

「!」

訪れる静寂、また一つフクロウの鳴き声が闇に溶けた。

少女は、そ、と隣の男の肩に寄り添う。男も拒むことなく、少女の小さな肩に腕を回してさらに自分に引き寄せた。

「…師匠は、全部知ってる」

「ああ」

「でも、何も言わない」

「…意外だな」

「"自分の判断には責任を持て"って、いつも言われる」

「おお、さすがだな」

「でしょう!…って、そうじゃなくて」

「…まあ、俺の方もバレバレさ」

「…」

「鼻、効くからな。俺にお前の匂いがついてんだろ」

どちらからというわけでもなく、二人はより強く寄り添う。

「でも、俺も何も言われない」

「…それは」

「ああ、お前の師匠と同じだろ。"責任は自分でとれよ"って、言いたいんだな」

「…」

ベオク、ラグズ。
その境界線は、一体どこなのか。しかしどこにせよ、彼ら二人の間には確実に一つ、線がある。

皆、分かっている。分かっていても、知らないことにしている。上手く騙されてやっている。
二人も、それを分かっている。分かっていても、知らないことにして今日も闇色のローブに身を包み、月の下で会う。

「…ん、」

そ、と重なる唇。ひどくゆっくり重なり、離れる。

「…俺は、自分の行動に責任は持つ。逃げはしない」

「私も。私が自分で判断して、決断したことから逃げない」

ライはふ、と笑ってもう一度唇を寄せた。

「ん…。ね、ライさん」

「なんだ?」

「あるところに、女の人がいたの」

「突然だな。で?」

「その人は、自然を愛して共に生きてた」

瞳を閉じた少女は、す、と指をライに絡めた。ライもそれに応えてきゅ、と少し力を込める。

「でもある日、王子様が通り掛かって…。王子様は自然を愛するその人に恋をするの。それで、王子様はすぐに求婚した」

「一目惚れ、か。軽い王子様だな」

「ちょっと、夢壊さない!」

「ごめんって。それで?」

「…彼女は人を愛すと命を失ってしまう、そういう命だった」

「…」

「でも…でもね、彼女は自分を愛してくれる王子様に、命を捧げる決意をするの」

瞳を閉じたままの少女の肩を強く抱くライ。少女は、そんなライの肩に頭を乗せた。

「彼女を城に連れていこうとする王子様の腕の中で…彼女の命は幸せに、消えた」

少女がそう言い終わったとき、薄い雲に紛れた厚い雲が月の光を遮る。フクロウの鳴き声は、闇に響かない。

刹那の、静寂。

まるで時が止まったかのように。

す…と少女はライの手を離し、やんわりと自分の肩に回されたライの腕を降ろした。そして、音もなく立ち上がる。
ライは、何も出来ない。



「彼女の名は…」



セージ

厚い雲が流れ、フクロウがまた鳴いた時、もう少女はいなかった。
代わりに、座ったままの男の隣に一輪の花。

太陽の下で会うことはなかったけれど、確かに、愛してた。
間違ってなんか、無かったよ。



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ギリシャ神話です。
セージさんはニンフ。詳しくは次ページに。
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