空に行きたいのだと
かわやに向かう途中、そんな話をぽろり耳にした
あの男には夢があるのかと思った矢先、聞こえた笑い声に眉をひそめる

だって、冗談だろうと笑い飛ばすには



彼はあまりにも真っ直ぐな目をしていた




#アポリア(Gintoki Side)



空とはどんなものなのだろうか。

あれから暫くして、馬鹿みたいなことを必死に考えていた。
人は死んだら誰しもが空へと向かうだろう。
だが、あの男の言っていることは、それとは多分・・・いや、絶対違う。
ならば、空には何があるというのだろうか。
だが何か、惹かれるようなものが彼にあるのだろう。
惹かれるようなものを彼は見つけることが出来るのだろう。


「変な奴」


だが、嫌いではないと思った。
夢を持っているような奴は、嫌いじゃない。むしろ、その逆かもしれない。
だけど、それを笑うような奴は、少し・・・苦手だ。


「・・・空、か」


見上げていれば、自分も何か分かるのだろうか。

屋根の上に登り始めたきっかけは、そんな馬鹿な考えから。
いつしかそれが習慣づいてしまって、昼間の暇な時間や夜には常にそこで時間をつぶすようになった。
何度考えてもあの男の言葉の意味は分からない。


「あれ、先客かえ」


ふと、後ろから聞こえてきた聞き覚えの有る声にぎくりと肩を震わせる。
記憶違いでなければ、この声は自分の考え事の中心にいる男のものだ。


「ちくと隣失礼するぜよ」


そういって遠慮なしに隣に座った男を横目で盗み見ると、自分の記憶の通りで内心苦笑した。
何を言うでもなく空を見上げる男に、やはり空が好きなのかと再確認する。
遠くを見るようなその瞳には何が映っているのか無性に知りたかった。

それからその男は雲のない綺麗な夜にちょくちょく現れるようになった。
名は坂本辰馬。つい最近合流した別働隊の隊長らしい。
人望が厚く、なかなか腕も立つために話には聞いていたが、まさかこの男がそうだとは知らなかった。
もう一つ分かったことといえば、坂本がここに来る"理由"だ。
殆ど負け戦に近い時や、仲間たちの中で無理やり笑っているようにみえる日。
そういう日は必ずといっていいほど屋根にあがってきた。
空を見ることで悲しみすらも紛れるのだろうか。


「お前、夜空とか好きなの?」


その日は勝ち戦で少し気分が良かった。
だからかもしれない、奇跡的に自分から話し掛けることが出来たのは。
向こうからは今まで散々話しかけられてきたが、何と言えばいいのか分からず素っ気ない態度ばかりとっていた。
嫌な奴、なんて思われているのだろうか。


「空がっちゅうか、星がかのう」
「星…」


きちんと返事が返ってきたことに安堵すると、坂本の言葉を繰り返すように呟く。

星、そうか、星か。

ここにきてやっと分かった答えにもやもやとした疑問が晴れていくのが分かる。
自然と弧を描いた口元を見られたくなくて、わざと素っ気無い返事をするとゴロリと寝返りをうった。


「何で星なんか好きなんだ?」


坂本の視線が自分から離れたのを感じると、今度は別の質問を投げかけてみる。
殆ど知らないも同然の奴とこんなに会話をしたのは久しぶりかもしれない。


「理由か…考えたこともなかったのう」


もう一度寝返りを打って坂本の顔を横目で見ると、何処か遠くを見つめていた。


「いうなら、絶対に変わらないから…かもしれん」


そう言った横顔は、あの日初めて見た坂本のそれと同じように輝いていて

夢を語る者はこんなにも綺麗なものなのかと、ふと思った。


「ふうん…ま、確かに綺麗だけどな」
「おんしは何ぞここにいるがか?」
「俺?」


予想外の質問に面食らう。
本当の理由など言えるはずも無く、もごもごと口を動かした後、


「俺は…ただ、夜風に当たりたいだけだよ」


出た答えは分かりやすい出任せだった。
その答えが不満足だったのか、坂本が疑わしげ視線を投げてくる。


「ふーん、まっことかえ?」
「まっことまっこと」


適当に相手の方言に合わせて返事をすると、眉を寄せられて少し慌てる。


「まぁ、なんだ・・・いいんじゃねぇの?」
「は?」
「星、好きなんだろ」
「お、おお・・・」


「だったら、そのことを誇ったって、いいんじゃねぇの」




好きなもんがあるってのはすげぇことなんだぜ

だって、それを語るお前の横顔は戦場とは真逆の表情を浮かべていた。
楽しそうな、子供っぽいこの男本来の顔。
どちらかというと、自分は夢を語っている方の坂本が好きだ。
自分には、そうそう夢は持てそうにないから。

続いた言葉に坂本が勢いよく振り返ってきた。
まさかそんな反応をされるとは思っていなかったから、少し吃驚して誤魔化すように頬を掻く。


「知っとったんか・・・」
「別に」
「ほうかほうか」


さっきの一言ですべてを察したのか、納得したように坂本が呟く。
内心慌てて否定の言葉を口にするが、どうやら効き目はないらしい。
案外、この男も自分の考えを信じる頑固者なのかもしれない。


「別にっつってんだろ。ちょっとこの人自意識過剰なんですけどぉ」
「あっはっは!銀時は照れ屋さんじゃのう!!」
「・・・ったく、元気じゃねぇか。気を使って損したぜ」


このままではこの男のペースもいいところだ。
何処か照れくさくなってふいっと視線を逸らす。


「銀時」
「・・・んだよ。大丈夫なら俺は部屋に・・・」
「ありがとうな」
「え」


「ありがとう」



蒼い瞳にじっと見つめられ、ふっと微笑みを向けられる。
先程までとは違う坂本の雰囲気に何故かドキリとしたが、それよりも今は安堵の方が強かった。



「・・・別に」



今度は口元にやんわりと浮かんだ笑みを隠すことはしなかった。



夢をうつつに変えて
((礼を言うのは
多分、俺の方)






S Side ED...



<補足>アポリア(あぽりあ) aporia [ギリシア語]
ギリシア語の原義は「行き詰まり」、すなわち、問題が解決困難な状態のこと。




09/07/05

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