夢の足跡

□2011.07〜09掲載
1ページ/1ページ

**************************






「いらっしゃ〜い」




タンクトップと麻のカーゴというラフな服装のけんちゃんに出迎えを受け
足を踏み入れたリビングは相当な蒸し暑さだった。



普段からエアコンはあまり使わないけんちゃんだけど
いくら節電だからって、扇風機すらついてないのはどうして。

そう思いながら
冷蔵庫から麦茶を出してくれているけんちゃんを見ていたら。






さらさらさら…






ふと聞こえてきた耳慣れない音にふり返ると
窓の向こうに、けんちゃんの背丈はゆうに越えているであろう
巨大な笹が。





「あ」


「ど?なかなかいい感じやろ」



視線を戻すとそこにはどや顔のけんちゃん。


だから扇風機も使ってないのね。

確かに。
葉のすれる音が涼しげ。





「また事務所から横領してきたんでしょ」


「ちゃうよー。今回はちゃんと注文しましたぁ」




事務所の若い子達が短冊に願い事を書いて吊るすらしく
さすがに持って帰っては来れなくて
社長にお願いしてもう1本取り寄せてもらったそうな。

なにもそこまでしなくても。


でもこういう事って一人じゃなかなかできないし
あたしとの時間を楽しもうとしてくれてるのだと理解する。




「短冊もあるよー」





それから2人で書いた短冊をまとめて
なにを書いたんだろうと見ていると


『美味しいものたくさん食べたい』

「うんうん」


『花火が見れますように』

「はいはい」


『バーベキューもできますように』

「ふふ」


愛らしい願い事にほっこりしながらめくった最後の1枚には


『2人でいろんなプレイができますように』

「え…」


色んなことを思い出してリアクションを無くしたあたしに


「ギターの話やけどぉ。なに考えとんの、やーらしー」


とからかってくるけんちゃんが憎らしい。
絶対狙ってたでしょ。




そういうあたしは


『ずっとけんちゃんと一緒に、仲良くいられますように』


ひとつだけ。



「あたしはけんちゃんとのこと書いたのに
けんちゃんはあたしのこと書いてくれなかったんだ」


ちょっと意地悪く言ってみたら


「だって、将来の夢書くんとちゃうの?プロ野球選手になりたいです的な」


「しかもあいつら1年に1回しか会えんのやで?
そんな“ずっと一緒”とか書いて逆恨みされても知らんで」


って返された。



ああそうですか。いいですよーべつに。
期待してないし。


けんちゃんは
詞を書かせたら途方もなくロマンチストなくせに
普段は全くのお子様なんだから。





で、それらを飾って眺めてみたけど
ほんの4〜5枚じゃ
なんかやっぱり物足りない。



「短冊だけってのもなんやなぁ」



そう言ってけんちゃんが棚から取り出したのは折り紙。



「なんでけんちゃんの家に折り紙…」


「いっときハマってたん」



けんちゃんはにこにこしながら
短時間でいくつか器用に折ると
それにシャーペンでブスッと穴をあけた。



紙縒りを通してぶら下げられた折り紙たちと
二人の願いを書いた色とりどりの短冊が風に揺れる。



「今度は賑やかすぎてクリスマスツリーみたいやな」


「…飛行機まであるし」



なんて笑い合いながらも
少し温くなっただろう麦茶に氷を入れ直して
ベランダに持ってきてくれた。




「でもやっぱ天の川見たいなー」


「そだね」


「今ちょっと忙しいけど、暇ができたら本物見に行こな」




そう言って笑うけんちゃんの瞳があまりに優しい色だったから
その背後に満天の星が見えるような気がした。




天の川どころか星さえろくに見えないけれど
見えなくてもこの上にだって天の川はある。

1年に1度しか逢えない2人を想いながら夜空を見上げていると
あたしの後頭部にけんちゃんの手がそっと添えられた。



逢いたい人と逢えないってどんな気持ちかな。
そんな短い時間で何を話すんだろう。
いつになったらずっと一緒にいられるようになるんだろう。



交わすキスの間
こうしてけんちゃんと居る当たり前のことが嬉しくて
ちょっと泣きそうになったのは堪えて。















翌朝けんちゃんが出てったあと、カーテンを開けると
風で倒れかかった笹が見えた。


ベランダに出て立て掛け直そうとした時
ふいに目にした短冊を見て動きが止まった。




あたしからは見えない位の高さに吊るされた短冊に書かれてあったのは。










『俺が死ぬ時はこいつが隣に居てくれますように』









1番高い位置に吊るされたそれは
けんちゃんらしくないとても丁寧な字で書かれていた。



「なんで昨日見せてくれなかったのよ…」



それにしても『死ぬ時』だなんて
こんな口説き文句、卑怯だ。



そんなけんちゃんの想いに
夕べ我慢した涙はとうとうこぼれたけど
どうしてか見なかった事にしようと思った。




「けんちゃんこそ、そばに居させてよね」




そんな独り言も無かったことにして。








******************

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ