夢の足跡

□2011.09〜掲載
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”ちょっと時間ええ?”






息が詰まりそうな
タバコの臭いが籠る薄暗い部屋から抜け出した通路で
通りすがりの君をみかけて
これ幸いと手を引いたのは
もう陽が暮れた後だった



非常階段から続く階段を昇った先の屋上は
空が堕ちてきそうな程の
どんよりとした分厚い雲に覆われていた



朝晩は少し秋の気配も感じられるようになったけど
今日は真夏に逆戻りしたみたいな天気で

頬を撫でる生温い風に辟易しつつも
やっぱりここに来ると落ち着くのは確かで
俺は彼女の手を離した




「ここ、おれのお気に入りの場所なんよ」




長時間パイプ椅子に座っていた腰を反らせて伸びをしてから
壁際の安っぽいベンチの定位置に座る


ここには俺専用の
蓋付の大きめの缶が灰皿代わりに置かれているけど


今は吸わない
これ以上吸ったら気持ち悪くなっちゃう
ってくらい吸ってたから




「ふーん、いいね。屋上はじめて」


「あれ、来たことないんや」


「だって屋上なんかに用事頼まれることないもん」


「そりゃそーやな」




室外機のぬるい空気にも嫌な顔ひとつせず
きょろきょろと周りを見回す彼女。




「もぉすぐ秋やね」


「うん、そだね」


「さんま食べたいな〜」


「あ、…屋上で思い出したんでしょ」


「ふふ、ここで今日焼いたら怒られるかな…」


「やってみる?」



「ていうかここ誰もこんし、となり座れば?」




と言っても彼女は座らずおれとの距離を保ったままで笑う。

おれを気遣っていつでも人目を気にしてんのはちゃんと知ってる。



まだまだ仕事は終わりそうもない。
きっとミーティングは明け方まで続くだろう。



そんな暇なんてないとお互い分かっていても
こんな風に何気なくかわす会話に
煮詰まった頭がとろけていく。



以前のおれなら
そんなイライラも自分の手には負えず垂れ流して
周囲に迷惑をかけてたんだろうけど
年とったんかな?

それともお前やから?





「ツアーで忙しくてほったらかしててごめんなぁ?」



「なに言ってるの。そんなことで拗ねたりしないよー」



「せやね。いっつも拗ねてんのはおれの方か」





そしてまた彼女が笑う。


あたりは暗いのにこんなに眩しく。




いきなりこんなとこに連れてこられても
“どうしたの?”とか“何の用?”だとか一切言わず
ただ隣で笑ってくれる、
そんな存在がただ嬉しかった。






それから少し話したあと
屋上から仕事場へのドアに手をかけた彼女を振り向かせ
そのまま自分の体でドアへ押し付けてキスをしたら
ほんのちょっとだけ驚いた顔したあと
細い腕を腰に回してきて
一瞬だけギュッと抱きしめられた。




「がんばってね。じゃあまた後で」




それだけ言うと
するりとドアの中へ消えていった。



てっきり怒られると思ってたから
そのあまりの素早さと
意外な反応に驚いて逃しちゃった。



ほんとはもう1回キスしたかったのにー。



こんな、おれより小さな身体の彼女に
守られてるような妙な心地よさ。




「まぁええか」




きっとこの感覚は手放せなくなる。




こういうのも悪くないもんだなと思った。






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20th、大人になったken様w

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