夢の足跡

□2010.01.27.〜掲載
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出かける時間になり

玄関までとことこ後ろをついてきた彼女に背を向け靴を履いている時だった。



つん、と服の裾を引っ張られた気がして振り向くと


しっかり俺の上着を掴んだまま上目遣いでじっと見あげている彼女と視線がかち合い


思わずくすり、と笑いが漏れる。



毎度のことながら、寂しげなその瞳は反則やなと思う。


昔飼ってた猫も、寄って来こそはしなかったけれど

”ほんとに行っちゃうの?”

とでも言いたげに

少し離れた場所からこんな風に俺を見つめていたっけ。


後ろ髪ひかれるとはまさにこういう事だ。



「なるべく早く帰ってくるから、な?」


「うん…」



見つめ合って交わすキス、それから熱い抱擁がお別れの時の儀式になったんはいつからやろう。



「…小さくなれたらいいのにな。けんちゃんのポケットに入れるくらい」


そしたらいつも一緒にいれるのになんて、小さなわがままにまた口元が緩む。



「え?今のままでも入れるんとちゃう?」



にやりと笑って上着のポケットを開いて見せながら



「ほら」



入るように促してみたり。



「もー…いくらチビでもそんなとこ入れない」



ぷうっと頬を膨らませる彼女に愛しさを覚える。



「あれ?無理やった?…けどここに入れるくらいになられたら、俺のが挿れらんなくなっちゃうからだめ」



少し間を置いて紅く染まりはじめた頬にもう一度軽くキスを落とすのも手馴れたもの。



「じゃあ行ってくるね」



そう言って玄関の扉を閉めた瞬間、ため息が出た。




「ほんま懲りない男やな」



自分へと吐いた言葉は
吐き出した息と共に見上げた寒空に吸い込まれるように消えた。



いつかこんなやりとりが鬱陶しくなる日がくることも知りすぎてるのに。




いずれ嫉妬心や独占欲が見え隠れし始め

見上げてくるあの可愛い瞳が、腹を探る触手になる。

無限のループ。

何度も繰り返す。

自由と孤独と安らぎのバランスを保つのは至難の業だ。




車に乗ってもすぐに出る気になれず
タバコを吸おうと思って手を入れた上着のポケットの中
覚えの無い感触があった。



取り出してみるとそれは
いつだったか、デートの途中でふざけて2人で撮ったプリクラで
裏には”いつも一緒”の文字。


ほらね。すぐそうやって自己主張はじめるんやから。


タバコに火を点けて手の中のそれをしばらく眺めながら
俺は付き合い始めた当初の自分の独占欲なんて棚に上げ
明らかに彼女にうんざりしていた。


こんな物、どこかで落としでもしたら。



「そんならしばらくポケットついてない服にせな」







短くなったタバコを自分の顔の部分に押し付け、吸殻は灰皿にしまった。


たちまち嫌な臭いが充満する車内に苛立ちを覚えたが
自分の行いにムカついてる状況が
今の自分を具現化しているようで
少しだけ笑えた。


車の向かう先に自由があればいいのに、なんて思いながら俺は


換気のために開けた窓から
プリクラを夜の風に放った。






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1人では生きられないのに、2人でも生きられない。

めずらしく暗い拍手になってしまってすみません。

2010.01.27.

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