夢の足跡

□2010.02.24.〜
1ページ/1ページ

************


「けんちゃんなんか嫌い!」


バンッと勢いよく閉まったドア。

取り残されて呆然とする俺。



彼女とケンカしてしまった。







理由は単純。

こないだ俺がスタジオの近くで1人で飯食ってたとき
たまたま俺のファンだという子が入ってきて
いきなり”隣いいですか?”とかなんとか言いながら
人目を避けるようカウンターに座っていた俺の横に強引に座ってきたのだ。
ファンやと言われたら、そう無下にもできんやろ。

それをタイミング悪く、彼女に見られてしまったというわけ。


それだけなら良かったはずなんやけど
ただそれを聞かれた時に、ぽろっと出た一言がまずかった。


「ついてないなー、なんでそんなとこ見られるんやろ…」


それを聞いた彼女の顔色が変わり、俺ははっとした。


別にやましい事などない俺からしてみれば
言い訳をする必要などさらさら無くて
ただ、彼女を不安にさせるような事態になってしまったことへの
軽い気持ちで放った一言だったのに。

これじゃあまるで見てしまった彼女が悪いように聞こえるじゃないか。
そう思ってももう後の祭り。

いったん誤解されてしまうと
弁解するほど怪しまれる一方で。

でもなー、俺から言わせれば不可抗力なんだけど。


意地っ張りな彼女は、それほど責めも喚きもしなかったけど
ありがちな捨て台詞を残して出て行ってしまった。


「嫌い…かー…」












あれから一週間。

仕事が休みなのに彼女が居ないなんてのは何ヶ月ぶりだろう。
時間を持て余した俺は、久々に自宅のスタジオに篭っていた。
彼女からはメールも電話もないまま。

でも悪くないのに謝るのはなんとなく癪な気がした。
ていうか、何を言ってもまた同じ事を繰り返してしまいそうな気がする、と言ったほうが正しいのかも。
話し合いは苦手…。

「べつにいいもんねー…謝ってくるまでほっとこ」






なんて意地を張ったはいいけど、その症状は日増しに悪化してきていた。



まず、夜眠れない。
なので当然朝なかなか起きられない。

お風呂に入れば2時間くらいぼんやりしてのぼせるし
全ての動作が順調にいかない。

ぼんやりしているとき、何を考えているわけでもないけど
彼女から初めて言われた『嫌い』というフレーズが
頭の中でこだましてたりする。


「そーいや今までケンカしても”嫌い”なんて言われたことなかった…」


思ったよりも俺の心はダメージを受けていたみたい。

忙しい時はまだ良かった。
マネージャーに不審がられても
疲れてるからだと言えば、そっとしておいてくれた。
時間になれば食事も出てくるし
ぼんやりしていても、そこら中に人が居るからそこそこの会話もある。

だが1人になってしまうと
その他にもいろいろと支障があった。
携帯だけは何度も手にするのに
元々苦手なメールにいたっては
仕事のメールさえ見る気になれない。
ごはんも食べたくない。
それはまだいい。


いちばん困るのは
ギターが手につかない。


弾こうと思っても、気がつけば松山千春とか弾いちゃって。
もう末期だ。


俺もうロックもメタルも弾けないかも。
仕事できなくなって、干からびちゃうんだ、きっと。





「…多分このまま死んじゃうんだー」




「けんさん、やっと死んでくれるんですか」





独り言のつもりだったのに返事が返ってきて
驚きながら顔を上げると
そこにはEinが立っていた。

え、音も何も聞こえんかったんやけど。


口をぱくぱくするだけの俺など構うことなく
イスに座って勝手にくつろぎだすEin。


「けんさん、無用心ですよ、鍵もしないで。…あ、言っときますけど俺は何度もチャイム鳴らしましたからね」


まだ黙ったままの俺に、勝手にペラペラと喋り出す。


「別に用事は無いんですけど、けんさんのマネージャーさんから電話で

 ”ずっと電話やメールをしてるけど、けんさんがちっとも出ない、明日の仕事の話なんで

 どうにか連絡取れませんか?”って言われたんですよ」


だから買い物のついでに様子を見にきただけです、とか言ってるような。


ぼーっと見つめたまま、”よう喋るやつやなぁ”と思ったけど
やっぱり内容が頭に入ってこない。


「…あ、そう」


上の空な俺に若干呆れ顔になるEin。
でも俺はそれどころじゃないんだ、悪いけど。


「なんで電話でないんですか?」

「は?…あ、携帯?…充電、切れてるから…」

「うそ、ついさっきここ来る前、俺も電話したらコール鳴ってましたけど」

「じゃあ…違うな」

「じゃあって…」

「……」

「目、潤んでますけど」


うるむ?潤むってなんだっけ?
ああ、そりゃそーだ。だって、泣きそうなんだもん。
てか、人が泣きそうなのに、そんな鬱陶しそうな顔せんでも。


「何があったか知りませんけど、しっかりしてくださいよ!ほら、彼女も来てるんですから」


”彼女”という言葉だけにぴくん、と反応して顔を上げると
そんな俺を見てEinが笑いながら入り口の方を指差していた。


「……」


無表情のままでEinの指の指す方を辿ってみるとそこには。
ドアの隙間からこっちを覗いてる愛しい彼女の姿があった。


「聞きましたよ。彼女、けんさん家の前でチャイム押せずにウロウロしてましたよ…かわいそうに」


今まで抜け殻みたいにしてたのが嘘みたいに素早く
Einが言い終えるのを待たず
俺の身体は動き出していた。


「あ、けんさん!?」


駆け寄ってうろたえる彼女を引きずり込んで抱きとめる。


「あっ、あの…けんちゃん…こないだは…ご」


言いかけた彼女の口を慌ててキスで塞いだ。
ワケが分からずに見開かれた目をじっと見つめたまま。
2人して目を開いたまま、交わすキス。

しばらくしてそーっと口を離すと


「この前は…」


また言おうとするから、もう一度口付ける。
今度はディープなやつ。

彼女はいきなりのキスに苦しそうで
必死に押し返そうとしているけど、それだけは勘弁して。


お前は何も悪くない。
俺が上手く話せなかったのが悪いだけ。


間近で瞬きを繰り返す彼女を見ながら
何て言えばいいのかだけ、俺は必死で考えていた。


ああもう、めんどくさい!



…あ、こんなこと言ったらまた誤解されちゃう。

違うんだ。
ここ何日かの俺の気持ちを伝えたいけど
でも何て言ったらいいのかわからない。
昔っからこうなんだ。
難しいこと考えるとすぐめんどくさくなっちゃう。
でもお前がめんどくさいんじゃないからね。
ああ!
俺の心ん中開いて見せれたらいいのに。
このキスで伝わるかな?

そんな想いをキスに込めたつもりだったけど
なんだか足腰立たなくしちゃったみたい。

へなへなともたれかかってくるその重みに
予想外ではあったけど
徐々に気分が軽くなっていくのを感じる。

しっかりと腰をささえてまだまだキスを続けると
しがみ付いてた手さえ、くったりと降ろされた。


もういいかなと、やっと離した唇は
もう開かれることもなく。


「だからね、とにかく、俺の心はお前でいっぱいなの」






すっかり2人の世界に入ってしまって
Einの存在など忘れてしまっていたけど

「まったく、大の男が…ねえ」

そんな呆れた声が背後から聞こえた。

「帰るとしますか…」

誰に、とも言わぬ呟きを零し
そっと出て行こうとしたEinが
”あ、仕事の連絡だけはちゃんとしてくださいね”
と念を押してから帰っていった。






***********

ちょっとヘタレなだめだめな六弦様w

2010.02.24.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ