□温度
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雨が降っていた。
それも突然の豪雨だった。数時間前まであんなに晴れていたのに。

出かけているバクラは確か傘は持っていないはず。
獏良は傘を持って外に出た。
雨はかなり強く、傘を持っていても大して役に立たないかもしれない。既に足元は濡れきってしまっている。


そうして外に出てきて、獏良は今立ちすくんでいた。
雨の勢いは止まらない。傘に雨粒があたる音で聴覚はほとんど支配されてしまっている。
瞳は前方を…目の前の人物を捕らえたまま、獏良は何も言わない。かける言葉が見つからない。

目の前にはバクラがいる。
予想通り、彼は傘は持っておらず雨に濡れていた。
それだけなら、獏良は迷うことなく駆け寄って傘を手渡している筈だったのだが、今のバクラからは近寄りがたい雰囲気が漏れている。
妙に逆立った髪は雨に打たれ濡れ、大人しくなっている。獏良と並べば見分けがつかないくらいだ。

「……」

何を言えばいいのかわからない。
どこか様子がおかしいバクラに、獏良は戸惑いを見せる。
彼はどこもおかしくない。おかしくないが、いつもとは違う。それが何なのか全くわからなかったが。

俯き気味だったバクラの顔が、ゆっくりと上げられた。
虚ろな瞳。獏良は一瞬ぞくりとしたが、その表情に笑みが浮かんだのを見るとほっと胸を撫で下ろした。

「よお、宿主」
「…よお、じゃないんだけど」

獏良はつかつかと歩み寄り、バクラを傘の中に招き入れる。一つの傘に男子高校生二人が入るには少し狭いが、ないよりはましだろう。

「いやー、突然の雨でびっくりした」
「全くだよ。でもそれならそれに対応した行動しようよ。びしょびしょじゃない」

タオル持ってくればよかったなー、と獏良がぼやく。
今のバクラはまるで風呂上りのような濡れ具合になっている。髪や肌から水が滴るし、服を絞れば水が出そうだった。

「走って帰ってきたらこんなに濡れなかったでしょ、何でぼーっと突っ立ってるのさ」
「冷たいな、って思ったんだよ」
「?」

獏良が首をかしげる。
何を言っているんだろう、この兎は。

「冷たくて、濡れる感触もあって、それが嬉しかったんだよ」
「…何が、嬉しいの」
「生きてるんだなって」

言葉に詰まる。
獏良がバクラを不安そうに見つめるが、バクラはただ笑っている。
痛々しいわけでもなく幸せそうにしているわけでもなく、ただ笑っていた。

「…馬鹿」
「あ?…!」

獏良がバクラに抱きついた。傘が手を離れて地面に落ちる。
雨は冷たかった。だが、それ以上にバクラの身体も冷え切ってしまっている。
冷たい。

「…宿主?」
「おまえが、生きてるのは当たり前じゃない。…ここにいるんだから」
「……ははっ」

バクラが笑う。乾いた笑い声だった。
少しだけ、目を伏せた。そう、当たり前なことなのだ。当たり前なことだけれど、

「…宿主、あったけえなぁ」

怖い。
ただ、それだけ思った。

「…帰ろう、バクラ。家は、もっとあったかいから」
「…ああ」

雨に濡れて、獏良の身体もすっかり濡れてしまった。
腕から解放され、離れていく温もりに少しだけ、寂しさを感じた。



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