長編

□12話 つぼみ
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「あ、これ…」

昼下がり、特にやることもなかった私は、外の空気を吸いに中庭へ出た。

「桜の木だ。」

周りをくるりと見回してみると、そこには誰もいなくて、静かだった。

東京じゃ考えられないな。

そんなことを思いながら、すぅと深呼吸を一つ。

確実に空気もこちらの世界の方が綺麗で、美味しく感じられた。

そして、目の前に広がる自然は私の心を癒してくれた。

「まだ、つぼみなんだ。」

目の前に、高く伸びている桜の木は、まだ花を咲かせることなく、静かに春の訪れを待っている様子だった。

「じき、花が咲くよ。」

「えっ、」

ずっと1人だと思っていた場所に、私ではない他の声が響き、私は肩をびくつかせた。

「あ、悪ぃ。驚かせるつもりはなかったんだけど、」

私はゆっくりと声のする方を向く。

するとそこには、平助君の姿があった。


「あっ、と。藤堂君、」

まだそんなに仲良くないし、呼び方は平助君より藤堂君の方が謙虚でいいよね。

「ここで何してんの?」

平助君は私の隣に歩み寄ると、そう問いかけてきた。

「さ、桜の木を見てたんです。」

「へぇ。」

ふわっと、まだまだ冷たい風が吹き、私は少し体を縮ませた。

「お前、桜好きなの?」

「え、はい。私の居た所にも桜があったんですけど、毎年春になると綺麗に咲き誇って。」

しばらくすると、儚く花弁を舞い散らす。

そんな、一瞬の美を見せてくれる桜が、私は結構好きだったりする。

平助君にそう語っていたら、いつの間にか寒さなんて忘れていた。

「今から花が咲くの、楽しみなんです。」

「ふーん。やっぱり綺麗なのは、見た目だけじゃなかったんだな。」

「………えっ…?」

どういう意味なんだろう。
見た目だけって、千鶴ちゃんに貰った着物のこと、かな?

「今日のお前、雰囲気が柔らかくて、桜みたいだよ。」

「あ、ありがとうございます。」

「そんで、内面も桜みたいに優しい。」

そう言ってくれた平助君の顔は、どことなく赤くなっているような気がした。


「また、桜の花が咲いたら一緒に見ようぜ。」

「あ、はい。私で良ければ、ぜひ。」

なんだかたくさん褒められて、私も恥ずかしくて顔が赤くなってしまいそう。

そんなことを思っていると、平助君からまた桜を見ようとお誘いを受け、私は嬉しいのとドキドキしたのとで、案の定顔を赤らめてしまった。

「じゃあ、俺寒いから戻るわ。」

「はい。」

言うと平助君は私に背を向け歩き出す。

「あっ、」

しかしすぐ、何かを思い出したような声をあげ、こちらを振り返る。

「あのさ、俺のことは平助って呼んでいいから。」

「あ、はい」

「それから、敬語はなし。」

「っ、じゃあ、私のことも名前で呼んでくれていいからっ。」

お前、なんて嫌だし。

私は平助君にそう言うと、笑ってみせた。

「了解、」

すると平助君もそんな私に気を許してくれたのか、ニカっと幼さの残る顔で笑ってみせてくれた。




































あぁ、早く桜咲かないかな。

こんなに春が待ち遠しいなんて、初めて思った。

「私も戻ろう。」

今から胸を踊らせながら、私は部屋へと戻っていった。

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