歩調を合わせて

□癒しのベンチ
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真昼間だというのに、寒空の公園には1人の子どももいなくて、余計に寒々しい。
フラれた傷心には、風が冷たすぎる気がした。
だからと言って他の場所に移動する気力もなくて、何気なく目に付いたベンチに腰を下ろす。
服の布越しにも、しん、とした冷たさが伝わってきた。


…駄目だ、やっぱり人恋しい。


「あー「寒い」

ん?と思った瞬間、ばさり、と目の前が真っ暗になった。
顔面を覆う物を、慌てて引き剥がす。

「着てなよ。貸す」
「秋…今、寒いって言ったでしょ」
「見た目が寒い」

ぴ、と私を指差した秋が、当たり前のように隣に座る。
私の手元では、薄手のコートが持ち主の温もりを未だ濃く残していた。
気持ちは嬉しいけれど、私だってちゃんと防寒しているし、上着を脱いでセーター1枚になった(ように見える)秋の方が、よっぽど寒そうに見える。

「ありがと。でも平気」
「そ?」

出来るだけ平坦な声でコートを返すと、彼は何事もなかったかのように、するり、とコートに袖を通した。

「…で、どーしたのさ。ノロケでなけりゃ、聞いてやらなくもないぞ」

至極面倒臭そうに、ベンチの背に身体を預けた秋が呟いた。
何もかも見透かされているようなのが面白くなくて、負けずにどうでも良さそうな声を出す。

「わー、何その上から目線」
「わー、何その棒読み台詞」
「…良いもん、別に。秋に聞いて貰いたいなんて思ってないもん」

どうせノロケたくても、そんな話は出来ない。
自分でも八つ当たりだな、と思いながら、秋に甘えて拗ねている。
自覚があるのに止めないなんて、最低だな、私。

「言う気がないなら、顔にも出すな。鬱陶しい」

ちらり、と視線だけを動かして、秋が一蹴した。

「…努力する」
「素直で結構。…ったく、そんな顔するくらいなら、いい加減やめちゃえば良いのに」

どうやら本当に全部、見透かされているらしい。
でも、そう簡単に諦められるものなら、こんな所に座っていたりはしないのだ。

「だって〜」
「言い訳は却下」
「…う〜ッ!」

せっかく話そうとしても、さくっと遮られてしまう。

「言い訳かどうかは、聞いてみなきゃ分かんないでしょ?」
「だって、は言い訳の冠言葉なの。無意識のうちに、最初の一歩は踏み出しちゃってるってことだよ」

…確かに。
妙に納得してしまい、言葉を失ってしまった。

しばらく互いに黙っていると、秋が身体ごと前傾して顔を覗き込んできた。
呆れたような、ふざけているような、よく分からない笑みを浮かべて。


「いっそ、そんな奴やめて僕にしない?」


心持ち小さな声で囁かれた台詞の真意が分からなくて、寒さに痺れた頭で考えてみる。
彼のダークブラウンの瞳は、前髪が影になって、いつもより色を深くしていた。

「秋は、美人すぎるよね」

結局、私の口から零れた言葉は、そんなもので。
一瞬目を見開いた秋が、はぁ、と大袈裟に息を吐いた。

「…今のコメントは、結構傷付いたんだけど」

ことん、と首を落とす動きに合わせて、秋の髪がふわりと風を含む。
そっと手を伸ばして触れた彼の髪は、見た目通りに柔らかくて、思わず笑みが零れた。
秋は一瞬、こちらを窺うように目を動かしたけど、それきりじっとしてくれている。
小動物の背中や尻尾を撫でているみたいで、気持ちが良かった。

やがて口を尖らせた秋が、私の手を乱暴に振り払うまで、私は飽きることなく彼の髪に癒されていたのだった。



---Fin.
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