歩調を合わせて

□バレンタインイヴ
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放課後の廊下の先に、見慣れた赤毛を発見した私は、猛ダッシュで追い付いた。

「浅月ーっ」
「おぉ?どーかしたのか、そんな慌てて」
「いや、今日初めて見たから、見失わないように走ってきちゃった」
「何だそりゃ」

呆れたように笑って、彼が立ち止まる。
人気のない校舎には、校庭で部活に精を出す生徒の声が響いていた。
素早く見回したけど、辺りには誰もいない。

「浅月、1人?」
「あぁ、まーな」

きょとん、と答える彼の視線を受け止めきれずに、静かに視線をずらす。

「実は浅月を探してたんだよねー」
「ん、何か用か?」

鞄の中を、無意味に探る。
些細な時間稼ぎを重ねて、こっそり深呼吸した。

…よし、頑張れ自分。

「はい、あげる」
「…何だ、それ?」
「明日はバレンタインデーですから」

に、と笑うと、浅月が目を瞬いた。
何かを探すように、あさっての方を見上げて、逆立てた赤毛に手を入れる。

「あー、ありがとう」
「どういたしまして」

自分の首を撫でるように手を下ろして、両手で受け取ってくれた。
壊れ物を扱うかのように、そっと。

「でも、何で今日なんだよ。お前、明日休むんか?」

腰をかがめて、視線を揃えてくる。
怪訝そうに眉を寄せた顔で覗き込まれて、じわり、と半歩後ずさった。

「だって浅月、朝はいつも竹内さんとか高町さんと一緒でしょ?そしたら、1番乗りになれないかも知れないじゃない」

自然と早口になってしまう。
ちなみに休む予定はない、と付け足すと、なーんだ、と彼が顔を上げた。

「何だよ、それ。別に、先着順に良い事がある訳でもないだろ?」
「クリスマスだって、当日よりイブの方がお祭り騒ぎなんだもん。バレンタインだって、イブにチョコ渡しても問題ないでしょ?」
「まぁ、それもそうだけど」

あっさり頷いた浅月は、それでも腑に落ちないような顔をしていたけれど、あえて気付かない振りをしておく。
ふむ、と考えるような素振りをするので、黙って首をかしげると、浅月がふいに呟いた。

「じゃあ俺、明日は理緒や亮子がくれても、断んなきゃなんないのかなー」
「は?何で?」
「だってもう、本命貰っちゃったし」

渡したチョコを、目線まで持ち上げながら、何気ない口調で言う。
目を合わせようとしないのは、こちらとしても有難かった。
見られていないのだから意味がないのだけれど、さりげなく私も視線を外す。
自分が今どんな顔をしているのか、さっぱり分からなかった。

「ホワイトデーは3倍返しでヨロシク」
「何お前、それが狙いかよ」
「そんな訳ないでしょ!」

反射的に視線を戻すと、タイミング良く彼と目が合う。
咄嗟に、ぐ、と詰まってしまった私を見て、浅月が吹き出した。

「ははっ、だよなぁ、そんな訳ないよな〜」

ぐりぐりと髪をかき回されて、言葉を失う。
まったく、嬉しそうな顔してくれるんだから。
つられて笑ってしまった私も、充分幸せそうな顔をしてるんだろうけど。


---Fin.
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