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□その火の向こうに
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近所で燃やして貰える場所、といったら神社くらいしか思い付かなかった。
初詣と夏祭り以外で縁がないのは私だけではないらしく、敷地内は閑散としている。
それでも、境内の近くまで行くと、静かに篝火が焚かれていた。

さすがに、篝火に燃やしてもらうというのは違う気がする。

じっと篝火と睨めっこしている私に、神主さんが近付いてくる気配がないのは有難かった。
いっその事、この火でも構わないかな。

ぎゅっと右手を握り込んだ瞬間、背後から明るく声を掛けられた。

「おねーさん、危ないよ」
「わ、どうも、すみませんっ」

咄嗟に謝りながら振り返ると、いつからいたのか、茶髪の男の子が首を傾げて立っている。

「別に謝らなくて良いんだけど…何してるの?神社で悪戯は良くないよ」
「い、悪戯じゃないですっ!ただ、これを燃やしてもらおうかなーって」

慌てて右手を開くと、転がり出る小さな光。
覗き込んだ男の子が、ぱちぱちと瞬いた。

「何?指輪?別れた彼氏にでも貰ったの?」
「…ッ!」

軽い調子で、図星をつかれた。

「ふっ…おねーさん、顔に出すぎ…っ」

一瞬きょとん、とした彼が、やがて盛大に肩を震わせ始める。
…もしかして、笑われてる?

「ちょ、笑い事じゃないんですけど!」
「ふっ、ふふ…いや、笑えるって…ははっ」
「し、失礼ですよっ」
「あはは、ご、ごめ…く、ふふふ…」

一応謝ってはいるものの、自分ではどうにもならないらしい。
笑い上戸か、コイツ。

「…もう、良いです、別に」

好きなだけ笑えば良い。
笑いは伝染すると言うけれど、こればっかりは伝わってこなかった。
まだ笑い話に出来るほど、昔の話ではない。

沈んだ気持ちで視線を泳がせていると、彼が笑いながら手招きした。
断る理由も見付からないので、近くの階段に並んで腰を下ろす。
お腹を抱える彼と並んでいる様子は、具合が悪い友達を介抱しているようにも見えるかもしれない、なんてぼんやりと思った。


「はぁ…あー、笑ったぁ」

大きく息をついて、空を仰ぐ。
清々しささえ感じる彼の態度を見ていたら、怒る気力も失せてしまっていた。

「…落ち着きました?」
「うん、まーね。失礼しました」
「うん、ホントに失礼」

拗ねた口調で言うと、目の前の男の子は、どこか嬉しそうに目を細めた。

「ふふ、おねーさん、正直だね。その正直さに免じて、僕が代わりにそれ、火の中に入れてあげよっか」

それ、と視線で示されたのは、再び握り込んでいた私の右手。

「え、あ、でも」
「ホントに燃やす気があるんなら、簡単だよ。ただ、手から離せば良いだけ」

そりゃ、そうだけど。
ゆっくりと右手の力を抜いていると、隣で高い音が響く。


――ぱちん。


彼が小気味良く指を鳴らした瞬間、右手の中がすかっとした。
…気がした。

「わ、あれ?」

一瞬、手の中から落としたのかと思って、ぱっと手を広げると、隣で悪戯っぽく笑う気配がする。
ひらひら、と揺らす彼の右手に見えるのは、紛れもない、私の指輪。

「…え?何で??」
「僕の特技。種も仕掛けもない手品」

何でもないように言って、指先で器用に指輪を回す。
ちらちらと光るのは、篝火を映しているのだろうか。

「さて、ホントにこれ、手放して良いのかな?」

覗き込んでくるダークブラウンの瞳は、とても真っ直ぐに私を見ていた。

「……うん、お願いします」
「はいな」

にこり、と笑う動きに合わせて、彼の茶色い髪が柔らかく揺れる。
つられて少し笑うと、おもむろに彼が立ち上がった。

そして。



――ぽいっ



篝火に吸い込まれた光は、あっさりと視界から消える。
よし、と1つ頷いて見下ろしてきた彼が、薄く笑って呟いた。

「何かを失うときって、呆気ないほどあっという間なんだよね」

彼が何を思っていたのかは、私には知る術もないけれど。




20071219/RyonaFumi/DreamNovel with AKI
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