Thanks a lot

□アイコトバ
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彼の訪問は、いつだって突然だ。

ぴんぽーん

「はい?」

ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽーん

「…うるさ」

ちなみに今の5連続チャイムは“カノンです”と言っているらしい。
…本人、曰く。

覗き穴の向こうには、予想通りのオレンジがかった茶髪が見えた。
律儀にマフラーを外して、髪を整えている。
ふんふん、と機嫌の良さそうな様子を見ていたら、扉を開く前に何か、してやりたくなった。
わざとらしく、大きな咳払いをひとつ。

「合言葉を申せ」


もちろん、そんなモノを決めた事はない。
扉の向こうで、カノンがきょとん、としているのが分かった。
さて、何と返してくるのやら。
“開けゴマ”って、世界共通なんだっけ?

「えーっと…今、ココで?」
「当たり前である。合言葉がなければ、このドアは開かないのである」

うぉっほん、と低めの声で言ってみる。
そっと覗いて見ると、彼は何故か真剣な面持ちで、周りをキョロキョロと確かめていた。
…一体、何を言うつもりなんだろう。

ふふ、と声を殺して笑っていると、ふいに名前を呼ばれた。
慌てて覗き穴に張り付く。


「…愛してるよ」

囁くような声。
でも、はっきりと耳に届いて。


思わず、力が抜けた。

「な、何…?」
「もう言わないからね!早く開けてよ〜」

カノンの拗ねた声を聞いて、手が無意識に扉を開ける。
怒ったような彼の顔は、外の寒風で少し赤くなっていた。

「何言わせんのさ、恥ずかしい」
「そっちこそ、何言ってんの。聞いてるこっちは、もっと恥ずかしいよ」
「自分が言えって言ったくせにー」

文句を言いながら、彼は素早く靴を脱いで、部屋に向かう。

「そんな言葉は求めてなかったの!」

背中に叫ぶと、カノンが不思議そうな顔をして振り返った。

「だって愛の言葉、でしょ?他に何を言えっていうのさ」
「…は?」

違う。
“の”は余計だ。

「…そりゃそうだわ。ありがと」
「?どういたしまして。もうあんなトコで言わせないでよ?」

ようやく彼の勘違いに気付いた私は、緩んでしまう顔を隠すのに手一杯で。
素っ気なく会話を終了させた事に、首をかしげながらも、カノンは黙って部屋に入っていった。

自分で気付くまで、教えないでいようっと。


―――Fin.Thank you for Reading!!
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