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□甘いモノとは限らない
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「…何です?コレ」

いつものように深山木薬店に行くと、いつものように座木がカウンターで出迎えてくれた。
いつもと違うのは私の方で。
はっきり言って、手土産があるのは初めてだと思う。

「見て分かんない?」
「手焼き煎餅詰め合わせ、ですか」
「てゆーか座木、ヒマなの?私、てっきり店番は深山木だと思ってたよ」
「…?ヒマ、という訳ではありませんが」
「あぁ、仕事中だもんね。これは失言」

座木が戸惑いながらこちらを見ているのが、気配で分かる。
何となく視線を合わせ辛くて、目を泳がせていたら、ふいに座木の背後で扉が開いた。

「うわ、深山木、どっから出てんの」
「ご挨拶だな。店長の僕が、どこから出ようが勝手でしょ?」
「店長だと言い張るなら、それなりの仕事を見せなよ」
「僕は調合専門だから、営業はザギで良いんだよ」

明らかに身長に合っていない白衣を乱暴に脱ぐと、座木の手元にある缶を見る。

「何?お煎餅?どしたの、コレ」
「今しがた戴いたんです」

座木が相変わらず、困った表情を隠せずに言う。
煎餅の蓋を開けて、中身を眺めた深山木は、ふ〜ん、とわざとらしく視線を送ってきた。

「奇をてらったなら大成功だと思うけど…これはさすがに、天邪鬼すぎない?」
「…秋?」
「確かに、インパクトなら誰にも負けないだろうけど、当の本人に伝わってないんじゃ意味ないでしょ」

伸びすぎた前髪を、ひょい、とつまんで面倒臭そうに首をかしげる。
席を替わろうとした座木を手だけで制すと、白衣を肩に掛けながら階上へ消えていった。

「えーっと…」

問い掛けるような座木の表情に、はぁ、と溜め息をつく。
深山木のせいで、説明しないといけない空気になっちゃってるじゃないか。

「今日は2月14日でしょう?」
「えぇ、そうです」
「座木はさ、女の子にチョコレート、沢山貰ってるんじゃないかと思って」
「………」

ここで、どうして分かるんだろう、なんて顔をするから困る。
この人は、変なところで天然なんだ、絶対。

「それが分かってるのに、私もチョコを渡すなんて馬鹿げてるからさ、代わりにしょっぱいモノをプレゼントしにきました」

座木がきょとん、としながら聴いている。

「バレンタインおめでとう!受け取ってくれると嬉しいですっ」

おめでとうって何だ!と心の中で思わずツッコむ。
うぅ、チョコを渡すときって、一般的には何て言うんだっけ?

「ありがとうございます」

座木の声に、はっとして顔を見ると、ほぅっと穏やかに彼が笑った。
煎餅の缶を、長い指でそっと撫でる。
すると、ふいにその笑みが悪戯っぽいものに変わった。

「恋は甘いだけじゃありませんものね」
「…は?」

くすくすと笑う座木の真意を咄嗟に汲み取ることは、幸か不幸か、叶わなかったのだった。


―――Fin.Thank you for Reading!!
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