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□八つ当たり
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「秋!」
「はいな」

しゅた

「…これは、最近流行りの挨拶なの?」
「私から深山木秋限定でね」

背後から、座っている彼の頭上に素早く落とした手刀を、最低限の動きで避けられる。
掠りもしていないのに、首だけで振り向いた秋は、わざとらしく歪んだ笑顔だった。

「そんな顔しないで。美人が台無しよ?」
「だったら、登場と同時に八つ当たりを始めないで貰える?」

あら、バレてる。

「別に八つ当たってる訳じゃないし〜」
「じゃあ何?」
「すきんしっぷですよぅ」
「いらないですよぅ」

口調を真似されて思わず、むっとしたら、彼は満足気に笑って背を向けた。

「あーもぅ、無視しないでよ!」
「無視はしてないよ。けど僕は、これでも忙しいの。構って貰いたいなら、ザギのとこ行って」
「…それが嫌だから、ここにいるんだけど」
「…つまり僕は既に2番手って訳か」
「うん、まぁね」

その通りだったので素直に頷くと、秋が苦笑しながら再びこちらを見る。

「そのストレートさを、もう少しあっちに向けてくれると良いんだけどな」
「もう充分、ぶつけてきました」
「あれ?そうなの?」
「そうなの。でも、さらっと流されました」

決死の覚悟で『好き』だと言ったのに、彼は間髪入れずに『私もですよ』などと笑ったのだ。
あれは確実に、本気にしていない。
というか、小さい子どもが『お母さん大好きー』とか言うのと同じレベルだと思われている。

そんな話を切々と説明すると、秋はうんざりしたように、瞳をくるり、と回してみせた。

「あー、それを僕に当たられてもなぁ」
「筋違いですが、他に当たるアテを思い付きません」
「そもそも、当たらないっていう選択肢はないワケ?」
「ないワケ」

私の返事に、はぁ、と大袈裟に肩を落とす。

「…だって、ザギ。お前結構、酷な事したみたいだぞ」
「…は?」

秋の視線を追って覗き込んだ彼の膝には、丸くなった真っ黒な小動物。

「…狐耳の犬?」
「どっちかって言うと、犬に似た狐かな。ザギ2号です。どうぞヨロシク」
「黒毛、黒目だから?」

私の呟きに秋は、ふふ、と笑うだけで返すと、ひょい、と自分の肩に彼の前足を乗せる。
ふさふさの尻尾が揺れる様子を見ていたら、無性に触りたくなってきた。

「ねぇ秋、このコ、抱いても平気?」
「嫌われたら、噛むよ?」
「私は好きだから、大丈夫」

何それ、と呆れて彼が頷く。
そっと両手を差し出すと、彼の方からこちらへ移って来てくれた。
じっと覗き込んでくる瞳が確かに、どことなく座木を思わせる。
視線を合わせて、鼻をぴと、とくっ付けたら、ぺろり、と口を舐められた。

「うわ、キスされた!」
「…それ、明日ザギに言うと良いよ」
「え、何で?」

意地悪く笑った秋は、可笑しそうに首をすくめただけで、何も教えてくれなかった。
…明日こそ、ちゃんと気持ちが伝わるといいんだけど。


―――Fin.Thank you for Reading!!
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