歩調を合わせて

□たなばたそうめん
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「ある地方の伝説なんだけどな」

ソファに座った秋を囲むように、私とリベザルが床にぺたり、と座る。
そこに座木が、食後のお茶を持ってきてくれた。

「これでロウソクを立てたら、百物語のようですね」
「わ、やめてよ、座木〜」

冗談ですよ、と笑う座木から、秋が湯呑みを受け取る。

「さすがに、今から100話を1人で話し続けるのは面倒だからな」
「そうですね。きっと日付も変わってしまいますし」

…ツッコむところはそこじゃなくて、秋が1人で100話語れそうだってトコだと思うんだけど。

「だから今日は、とっておきの1本ってコトで、七夕の話」
「あ、なら怖くなさそうですね」

どこかほっとした様子で笑うリベザルに、うんうんと頷く。
秋は、お茶を一口啜ると、テーブルに湯呑みを置いて煙草に火をつけた。

「むかーし昔、あるところに仲の良い夫婦がおりました。あるとき、夫が旅に出てしまい、1人留守番していた妻の元には、村の若者達が日々言い寄ってきておりました」

昔話のような語り口に、静かに聞き入る。

「やがてそれが辛くなった妻は、自分の身を守るため、川に身を投げて亡くなってしまいました」
「え、何で!」

思わず声を上げたリベザルを、ちら、と一瞥するだけで、秋の昔話は続く。

「帰ってきて、その事を知った夫は、大変悲しみました。悲しくて悲しくて、悲しみのあまり、愛する妻の肉と筋を食べました」

…咄嗟に、息を呑んだ。

「この夫婦がやがて空に昇ったのが、七夕星。七夕に素麺を食べるのは、その妻を供養するためだと言われています。めでたしめでたし」

ふかり、とハーブの香りが部屋に漂う。

「全然めでたくないし」
「そうだね」
「秋が言ったんでしょ」
「あー、じゃあ…はい、おしまい?」

いや、終わりの言葉なんて、どうだって良いのだ。
それより、気になるのは。

「し、師匠。まさかお素麺って、えっと、あの」

口ごもるリベザルに、秋がにやり、と意地悪い笑みを浮かべる。
じわり、と顔を近づけて、低い声でゆっくりと言い募る。

「そう、そのまさかだ。素麺ってのは元々、女の人の肉や筋を〜む、むむ!」

リベザルが目に大粒の涙を浮かべた瞬間、秋の台詞が遮られた。
見ると、スマイル全開の座木が、大きな手で秋の口を塞いでいる。

「秋、それはちょっと失礼でしょう」
「むーむむ!んーんーっ!」
「大丈夫だよ。素麺っていうのは昔から、職人さんが丹精込めて、小麦粉で作ってるんだから」
「そ、そうだよね!大丈夫だよ、リベザル!」
「で、ですよね!ぅわ、びっくりした〜」

私の“大丈夫だよ”は半分以上、自分に言い聞かせている気もするけど。
とにかく大丈夫、大丈夫。
秋が言うと、やたらと真実味を帯びて聞こえるから、困るんだよね。
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