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□痴話喧嘩?
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「〜っ!秋のバーカーッ!」

驚いて出てきた涙が零れないように、叫びながらぎゅっと目を瞑った。
いっと歯を見せて、くるりと反転。
ごちゃごちゃと物が並ぶ棚の間をすり抜けて扉に走る。

「わ!」
「ひゃっ」

棚から抜け出したところで、派手に誰かにぶつかった。
尻餅をつきそうになるのを、ぐっと腕を掴んで防いでくれる。

「う〜、座木かぁ」
「すみません、ぼーっとしていて。一体どうしたんですか?」
「いや、どうもしないよ?ごめんね、私こそ」

さすがに座木に泣きつく訳にもいかなくて、へへ、と笑う。
彼は怪訝そうな顔をしたけど、何もツッコまずにハンカチを差し出してくれた。

「顔に少し、ホコリを被ったようです。そこに鏡があった筈ですから、見て行って下さいね」

にこり、と微笑まれて素直に覗き込んだ鏡には、今にも泣き出しそうな瞳。
耳まで真っ赤になっている顔は、明らかに『何かありました』と語っている。
振り返ってお礼を言うと、座木が驚いたような顔をしていた。
視線を追おうとすると、ぐい、と頭を抱き込まれる。

「うわ、秋?ちょっと苦…」
「勝手に手ェ出さないで貰える?」
「別に手は出していませんが」
「じゃあ、声も掛けないで?」
「それは無茶苦茶ではないですか?」
「む〜!!」

散々暴れて、ようやく私の叫びに気付いたらしい秋が、腕を緩める。

「ぷは!何、勝手言ってんの!秋!!」
「ストレリッチア対策」
「何その横文字!?分かるように言ってよっ」
「そっちこそ、変なナンパに引っかかんないでよね」
「ナンパじゃないでしょう!今のは!」
「じゃあ、今のに少しも揺らがなかったの?」
「何が揺らぐの、何が!」

叫びすぎて、酸欠になりそうだった。
荒く息をついて、きっと睨み上げると、一瞬呆けた秋が顔を歪めた。
ふい、と顔を逸らされる。
瞬間、全身が冷たくなった気がした。

「…ふっ、くく」
「…ちょっと、秋?」
「くくく…っあっははっはっ!何だよ、ザギ!もろに失敗してるぞ!」
「この場合、成功していても困るのですが」
「ははっそうだな、はっあははっ、く、苦し…ふっ」

秋の爆笑と、座木の失敗。
目の前で起こっていることがさっぱり理解できないで、呆然としていると、ようやく涙目の秋が顔を上げた。

「やだなぁ、マヌケな顔しちゃって。ま、そういうトコが良いんだけどさ」
「けなすのか褒めるのか、どっちかにして貰える?出来れば後者で」
「じゃあ、大穴で前者にしとく?」
「謹んで辞退致します」

ふふ、と笑うと彼は、おもむろに胸を反らした。

「じゃあ、そのマヌケ顔に免じて、さっきの失礼な言動の数々は砂に流してあげよう」
「水ではなくて、ですか?」
「砂なら何かあったら、また掘り起こせるだろ?」

…しまった。忘れてた。
苦笑する座木に堂々と解説する秋から、そろり、と距離をとる。

「じゃ、私帰るね。お邪魔しましたっ」
「あ、お気を付けて」
「ほんじゃね〜」

ぱたぱたと手を振る秋と、不思議そうな表情の座木を交互に見る。

「ホントに何でもないからねっ」

もう一度、座木に念を押して扉を閉めた。
呆気に取られた顔をしていたけど、座木のことだ。もうこの話を掘り起こしたりはしないだろう。

だって、言える訳ないじゃない。
貴方のトコの店長に、うっかり押し倒されて逃げ出そうとしてました、なんて。


―――Fin.Thank you for Reading!!
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