短編集
□墓碑銘
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「…満足か?オルロワージュ?」
今はもういないお前に問う。
どこからか風にのって薔薇の香り辺りを舞う。
ああ…もうそんな季節か…眩しい初夏匂い。
同じ薔薇ではあるが、お前の香りとどこか違っていて…
「…ファシナトゥールは変わったぞ。お前がいなくなってから、な。」
前の主人の時は、風も雨も日の光も…時間すらも止まっていたこの世界。
ただ虚ろに紫紺の黄昏が広がっていたこの世界。
それが今はどうだ。
朝になれば、日が上り…
昼になれば、輝く青が空を支配し…
夜になれば、月と星が煌めく…
そんな穏やかな日もあれば一転、天の底が抜けたように空が泣く日もある。
この世界…ファシナトゥールは、主人たるものの心象風景をうつす鏡のような世界。
…知ってはいていたが、これほどまでに変わるとは…
「若い女王は自分を王だとは思っていないようだが、な。
フフッ…イルドゥンも大変じゃろう。女王はよく飛び回っていると聞く。」
新しい女王とその教育係を思い出し、思わず笑みが零れた。
今日も今日とて、あの仏頂面はあの娘に振り回されているだろう。
「イルドゥンも自分の気持ちに素直になればいいものを…」
思わず口に出た呟き…
ああ、でも本当に素直になれなかったのは。自分の気持ちに封をしていたのは…
「…わらわのほうか、の。」
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