短編集

□墓碑銘
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「…あの人に会いに来てたんだね。」


アセルスはそう言うと目の前のまだ新しい墓標に目を落とした。


そう、ここは墓。あやつの眠る…

亡骸はないけれど…ここはたしかに墓だった。



「…あの人を殺した私にこんな事を言う資格はないのはわかってるんだ。でも…言わせて…」


「……。」


「私は自分の選択に後悔はしてない。私は私でいたかったから…
だけど、だけど…」


ああ…どこからか薔薇の香りが漂ってくる。


「…私はあの人のこと嫌いだったけど、憎くはなかったよ…」


初夏の風が踊る。まるで、アセルスの髪を手で梳くように。



「…わかっているよ。それより、いいのか?イルドゥンに追われてるのではなかったのか?」


「!…忘れてた。ごめん、零!また後でね!…今度は一緒にここに来ようね!」


そう言うと、アセルスは初夏の草原の中を駆けていってしまった。…やれやれ、かくまってくれ、と言ったのはそっちだろうに…



「さて、と。わらわも、もう行くぞ。また…な。」




―…これは、玉石の首飾り?…―


―…お前に似合うと思ってな…―


―…くれるのか?…―


―…不服か?…―


―…いや…。なあ、オルロワージュ、付けてくれぬか?…―


―…ああ…―
 



誰もいなくなった墓の前。
十字にかけられ、静かにユラユラと…玉石の首飾りが揺れていた。



あの人が笑った気がした。


fin《次は後書き》
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