短編集
□I miss you
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「…イルドゥン。君、僕の話聞いてる?」
「…出ていけ。」
「またまた。せっかく僕が気をきかせて大好きな君のところへー…
…っと、いきなり剣を抜くなんて過激な愛情表現だねーイルドゥン。」
主人のいなくなったこの針の城に今日も酷く下卑た声が響く。
下卑た声の主の名はゾズマ。
私と同じ吸血妖魔の一族であり、一族内でも上位に位置する“格”を持つ男だが…
「チッ…貴様が同じ一族だと考えると目眩がしてくる。」
こんな嫌味を言ったところでこいつは一向に気にしない。
いい加減、何百年と顔を合わせていれば嫌でも分かってはいるが…
「君が照れるのはいつもの事だからねー。おっ、それ白薔薇が作った紅茶だろ?
僕も飲もう、と。」
そう言うとゾズマは私の了承など待たずに、さも当然とばかりにポットからカップへと紅茶を注いだ。
「うーん…やっぱり、白薔薇の紅茶は格別だね。
イルドゥン、君は?もう飲まないのかい?」
「…勝手にしろ。」
…ため息が出ると同時に頭まで痛くなってきたのは言うまでもない。
「…今日は命日だね。」
「……。」
奴は窓の外へと静かに視線を向け、静かに言葉を紡いだ。
パタパタ…と机の上に広げてあった読みかけの本のページが風によって動く。
「てっきり泣いてるのかと思ったけど?」
「…誰が。」
「…そう。僕は白薔薇と一緒に行くけれど、君は?
今年も行かないのかい?
…………沈黙って事は肯定って事だね。
まっ、君の自由に僕が口出しする権利もするつもりもないけれど。
じゃ、僕はもう行くね。」
次の瞬間には飲みかけの紅茶だけを残して、ゾズマは私の前から姿を消していった。
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