短編集

□その意味
5ページ/7ページ


「…それも…?」

彼女は訝しげ(いぶかしげ)にその綺麗に整った眉をひそめて僕を見つめる。

僕は、その目から逃れるように一度目を伏せて、それから自分の頭上の木の枝へと視線を移した。



「…アグリアスさん、この花がなんて花か…分かりますか?」


夜の帳を青白い月が照らす。

その中で、その花は咲いていた。



「…サクラ…だったか、たしか…
私も本でしか見た事がないので実際に見るのは初めてだが…」



ざわざわ…とまた風が吹く。

その花…サクラはその枝を揺らし、風は同時にサクラの花弁をさらって遠くへ運び去っていく。



「…ええ、サクラです。じゃあ、この花の特徴…知っていますか?」


「…特徴?…いいや、そこまでは…」


そう言うと、彼女はゆるゆると自分の首を真横に振った。


「…サクラは…というより、この品種は、って事なんですけれど…」


ざわざわ…と、サクラは揺れる。

まるでさざ波のように…音をたてながら。



「…この花は“生かされている花”なんですよ。」



ざわ、と…、また、漆黒の闇の中にその薄紅色の花弁は吸い込まれていく。



「…生かされている?」


「…はい。」




この花は自分自身の力だけで増える事は決してない。

いや、それが出来ない。

だから、誰かが手を加えてやらなければならない…例えば接ぎ木とかですね。

人間がいなければ生きれないんです。

他者によって…他者の手がなければ生きることすら出来ない。

…そんな花…


.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ