オヤジ

□下弦の月
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毎日が憂うつだった…。

媚び諂(へつら)うだけの女やご機嫌伺いしか脳が無いバカ共。

笑顔と言う仮面の下に隠した薄汚い欲望。
戦争で失われていく何千何万と言う命。

息が詰まる。

今日も、ひとり書斎で心鎮まらせていた時それはやって来た。
一瞬、部屋が暗くなり、また元に戻ったとき今まで居なかった男が現れた。

男は、どうやら混乱しているらしくブツブツと何かを言っている。

「おい…。」

好奇心に負け、声をかけてみた。
そうしたら、

「ぎゃああああああっ!」

と、鼓膜が破れんばかりの大声を出され後退りをされた。
初めてされた行動に少々勘に障る。
しかも、男はあろう事か僕を誰かと聞いてきた。
一体この男は何者だ。

「僕は、リバイム・ストラス=ヴァンパイア公爵だ。」

何千年と生きてきて、正式な名など久しぶりに口にした。

「リバ…ム?シトラス?」

本当に知らないらしいな…。ふむ…。

「リムで良い。その方が良いだろう。」

「えっあ、はい。助かります。」

ますます、分からない男だ。見た目は、雄々しいのに何故か弱々しく思えてくる。

「それで?貴様の名はなんだ。」

「え、あっ!田島…田島健吾で、す。」

「ケンゴか。うむ…。ではケンゴ、今一度尋ねよう。お前は何者だ。」

「サラリーマンでした。リストラされましたが。」

「さらりー…まん?リス虎?なんだそれは、それとその衣服はなんだ。」

「あっ、これはスーツですが、」

「すつ?ますます分からん。」

じっと、ケンゴの言う『すーつ』を眺める。

「あの…、ここは一体どこですか?」

「敬語はいらない。普通に話せ。」

「あ、は…分かった。」

うむ…、なかなか面白いものを手にしたかも知れない。

そう密かにほくそ笑みむ。

「ここがドコかを聞いたな。ここは、魔都ナブール。簡単に言えば、魔界だ。ケンゴは人間だろう?」

「…あ、あぁ。生物学上は…。」

「だったら僕の側から離れてはいけない。魔族にとって人間は格好の獲物だ。ひとりになったとたん頭からパクリと食べられてしまうかもね?分かった?」

ケンゴを見ると、顔が真っ青でカタカタと震えている。そんなケンゴを可愛いと思った。
僕が守らねば、この心弱き人間を。

未だ、震えているケンゴをギュッと抱きしめた。

「大丈夫…、ケンゴは僕が守るさ。だから今は安心してお眠り?」

チュッ…、と額にキスをし、眠らせた。

よいしょ、とケンゴを軽々と抱き上げ寝室に移動して起こさないようにベッドに横たわらせた。

「ふふ…、この僕が一目惚れとは笑い種だな。」

大人びた妖艶の笑みを浮かべ、ケンゴの髪を梳く。


「魔王…。」

髪を梳く手を止め、鋭い視線を向ける。
視線を向けられた者は、ピクリと体を震わせた。

「なんだ…。用件を言え。」

冷淡に言うとまた真っ青になり震えた。

「あっ、ディール・リデイナ侯爵様が集会に顔を出すように…と。」

「分かった。下がれ。」

「はっ。」

ふぅ…、とため息をもらしケンゴを見る。

「行ってくるよ。愛しい人。」

そう言って、闇へと消えていった。
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