Novel

□あいしていますこころはいらない
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だだっ広い荒野に一人立ち尽くした時は、はたと我に返った心持ちになる。

何と無しに一歩を踏み出してみると足の裏からぐにゃりとした微妙なやわらかさが伝わり、目玉を下に動かすと私の泥土と赤にまみれた足が 同じく泥土と赤にまみれた男を踏みつけているのを見て、そのときようやく自分は戦をしていたのだということを思い出した。

泥土も赤も、足だけに付いている訳ではない事にも気付く。土埃もなにやら分からないきたないものも嫌な臭いも体中にこびりついている。それでよかった。それが悦かった。



豊臣の旗が掲げられている場所を一心に眺め、そこ目指して脚を動かすが、上手く歩けない。地面がやわらかいからだ。私は地面を呪った。

死体の海となった一帯は、死体と本来の地面との間に段差ができたり、赤い水たまりができたりと、歩み辛い事この上ない。

恨めしく足元のそれを睥睨した。意味は無い。ただ苛ついているだけ。苛々してものに八つ当たりしているだけ。子供の様だ。


「死してなお私の邪魔をするか」


死体に問いかけた。これにも意味は無い。ものに感情はない。私はそれをしっている。

命が抜けた空の器。魂の無い癖に無駄な諸々が詰め込まれている生温い人形。

夕日に照らされて光る赤い水溜りにわざと足を突っ込んだ。意味はある。私はこの赤い水が好きだった。

音を立てて水が跳ね、私の具足に 陣羽織に 鼻先に 赤色の点をつける。滲ませる。

この赤い水のにおいを一杯に吸い込むと、私の頭蓋の中のやわらかく敏感な場所が直接刺激されて掻き回される様な感覚に陥る。自然に刀を握る手に力が篭った。

カッと胸の中央に熱が灯り、それは一瞬で身体全体へと移って行き、心臓が徐々に暴れ始める。

深く熱い息を吐き出すと、喉が震えてうなる様な声が出た。

目が細まりまつげが震え、背筋がぞわぞわとしたものに犯されていく。この感覚の名を、私はしっている。
   
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