僕の助手は世界で君だけ

□僕の助手は世界で君だけ(7)
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お医者さんだって、病気になることはあります。



「わっ、もうこんな時間だ、善法寺先生ぜったい来ちゃってるよ〜っ」



外来をなるべく走らないように早足で歩いていた私は焦っていた。
何故なら、いつものように善法寺先生が到着する前に診察室の掃除を終わらせておきたかったのだけれど…。
昨日は楽しみにしていた飲み会が遅くまであって、すっかり寝坊してしまったのだ…。



「お、おはようございます…。」



善法寺先生ブースについたので扉をソローっと開けて、気まずそうに診察室の様子を伺う。
案の定、丸椅子に座りながら患者さんのカルテを見ている善法寺先生の後ろ姿が目に入った。


……あれ?


いつもなら寝坊して遅れても、名前くんおはよう!今日も一日頑張ろうね!
そんな明るい善法寺先生の声が聞こえてくるはずなのに…。
遅れたことだらしないって怒っているのかなと思って、私は恐るおそる座っている善法寺先生に歩み寄って後ろから声をかけてみた。



「ぜ、善法寺せんせい…?」

「ゴホッゴホッ、ヴェッ、あ!名前ぐん!おはよう!ぎょうもいぢにぢ頑張どうね!」

「うわあっ!」



くるっと丸椅子を回して振り返る善法寺先生。

いや、白衣を着た病人が笑顔で座っていました。







………その頃、食満先生は






「ふー、今日はいい天気だなー。」



俺は見慣れた自分の診察室に入り、ふうーっと大きく深呼吸をした。
恐らく今日も外来は大忙しだろうけど頑張らねえとな…と思い、伸びをしながら今日分のカルテの整理をしていると…。



「……せんせー!…けませんせー!…食満先生ー!」



隣の部屋から、かすかに俺の名前を呼ぶ声が耳に入ってきた。




この、声は……、




…よし。無視しよう。今のは聞こえませんでした。





「…せんせー!……食満先生ってばー!!」

「………あのクソ野郎…ッ、また何かしやがったな…。」



無視しても微かに隣の部屋から聞こえてくる声は、徐々に大きくなっていく。
その声に頭を抱えて、全力ではああっと深くため息をつく。



…あのクソ野郎というのは、同期である善法寺伊作のこと。


…隣の部屋というのは、その伊作の担当ブース。


…そこから聞こえるのは、伊作の助手をしている看護師の名前の声。



まあ、この悲痛な声からすると恐らくまた伊作がしょうもないセクハラでもしたんだろうな…。
だが、俺はお前らのお世話係の保母さんじゃねぇ!医者なんだぞ…!と思いながらも
行かなければ今頃名前がとんでもない事を伊作にされている気がして、不憫に思った。
俺は大人しく重い腰を上げて、伊作と名前の居る隣の診察室を開ける。




「…………お前ら散々人を呼んでおいて……、なにイチャついてんだよ。」




「あ!どめざぶろ!」

「食満先生!やっときたー!」



ゆっくりと二人がいる診察室の扉を開けると、そこには予想外の光景が広がっていた。
本来であれば、患者の診察のために使う簡易ベッド。
何故だかその診察台には、名前に膝枕をさせ、満面の笑みで横になって休んでいる伊作が居た。



…オイオイ、朝っぱらからなにやってんだよ。

てか、伊作お前…なんだそのガラッガラな声は。




「伊作、なんだあ?その声は。…飲み過ぎかよ。」

「声だけざ!ぼぐは見てのどおりげんぎだよ!」

「元気じゃないでしょ!食満先生!善法寺先生ったら風邪ひいちゃったみたいなんです〜!」



早く診察してあげてください〜っ、と涙目で訴える名前。
自分の膝で休んでいる伊作の頭を子供をあやす様に擦りながら、善法寺先生つらいですよねと天使のように優しい声をかけていた。

一見、病人である伊作を心から心配してそうに見えるけれども…。

そんな名前は両手にしっかり手袋をはめ、鼻まできっちりとマスクで覆って、ビニールエプロンまでつけている。
病人である伊作から風邪を移されないように完全防備しているあたり、…さすが看護師だなと思った。
…その姿を見てやはり看護師とは付き合わないでおこうとも思った。
俺も近くにあったマスクと手袋をとって、伊作…もとい病人に近づく。



「…名前も名前で、なんで伊作なんかに膝枕してんだよ。」

「だって食満先生!善法寺先生がこうしないと休まないってダダこねて…」

「名前ぐん!そんなこど言っでないぞ!君の好意をむだにしだぐなかっだんだ!」



だから僕はこうして名前くんのフカフカムチムチの太ももで休んでるんだぞ!と訳の分からない言い訳をしながら
聞き取りにくい声で威張る伊作の息は、風邪のせいか分からないが確実に荒くなっていた。



「違うでしょ!ほら!このお熱!見なさい!」



そんな伊作を叱咤する名前が持っていた体温計には、悲しくも38.8℃という文字が表示されていた。
…テメェ伊作!熱出て病院に来るやつがあるかァ!
時期も時期だし…流行りのモンじゃねえだろうな…。



「食満先生、はやく見てあげてください〜〜!」

「オイオイ名前!わかった!…分かったから泣くな!」



伊作への怒りにわなわな震えていると、俺の方をすがるような目で見ながら泣き出しそうになっている名前。
大丈夫だ…こんなに元気だったらただの風邪だろうから安心しろ。
まあ、熱も高いしとりあえず診察してやるか…と思い自分の首にかけてある聴診器を手に持ち伊作に近づく。



「それで、体調が悪くなったのはいつからなんだよ。」

「うーん…ぎのう名前ぐんが夢にでできで!でも起きだら居なぐで!無性に名前ぐんが恋しぐなっで!
それで泣きながら一人でシて裸のまま寝でだから冷えだのかな!エヘヘ!ゴホゴホ!ヴェ!」



…恥ずかしげもなく話しているが、お前はそんなになるまでナニしてたんだよ。
悪気もなく能天気に話す伊作にキレそうになった自分をぐっと堪える。



「……名前、服をめくれ。」

「…じゃあ善法寺先生、お胸めくりますよ!」

「はあっ、ぞんなあッ!いぎなり、だいたんな!名前ぐん!まだぼぐは心のじゅんびが!!あぁん!どめざぶろうの聴診器づめだぃ!」

「……名前、黙らせろ。」

「はい!こら善法寺先生!食満先生が診てくれるから静かにしなさい!」



何の恥じらいがあってか分からないが、両手で必死に抵抗する伊作のシャツを問答無用でめくり上げる名前。
乱暴に当てられた聴診器の冷たさにビクビクと過剰な程反応する伊作…、本当に気持ちの悪い奴め。
当の伊作はこんなプレイ初めてだ、とまた訳の分からんことを一生懸命にほざいていた。
そんなうるさい伊作の口を手袋をはめた手でグッと押える名前。
今まで散々心配していたくせに…、そういうところは容赦ねえな。
俺はため息を付きながら、聴診器で一応丁寧に診察してやる。



「ぼく、………いい…」

「…は?」




当てていた聴診器越しに聞こえたのは…




「ぼくは、もう、ここで、しんでも…いいんだ………。」

「善法寺先生…!大丈夫ですよ!死なないよ!」




あんなにも恥ずかしがって抵抗していたのに、急に首根っこを掴まれた猫のようにスッと大人しくなった伊作に違和感を覚える。
嫌な予感がして、聴診器を外して伊作の方を見ると全てがわかった。




…名前。


伊作の顔にお前の胸が当たってんだよ。胸が。




ナース服の上からでも形の分かる名前の胸が、膝の上にある伊作の顔に押し付けられていた。
伊作は目を瞑って顔に強く押し当てられたナース服越しの名前の胸の感触に浸っているようだった。
このシチュエーションで名前の膝枕で死ねるなら本望ってことだな…。
同期だけれど、もう一度言わせてもらおう…気持ちの悪い奴め。



「…名前くん、はあはあ、おっぱ…ッ…ウッ、もっどぼぐの傍に来でおくれよ!」

「善法寺先生!お気を確かに…!」

「そうだよもっど苦しんでいる僕を労るんだ名前ぐん、はあはあ…!!」

「・・・・。」



その異様な光景にドン引きしながら、ふと悪い予感がして下に視線をずらせば…。

げっ、伊作…、お前…、完全に勃ってんじゃねーか。

ムカつくので何も言わずに鼻に検査キットを突っ込んで簡易検査する…。
全く…、同期として情けなくて涙がでそうだぞ俺は。



「……ただの風邪ですネ。」

「善法寺先生!ただの風邪だって、よかった!」

「名前ぐん、名前ぐんがいたから僕は…、はあはあ、今日はもうすごじ、膝枕でやずんででいいよね?」

「食満先生、この人出勤停止ですよね?」

「そうに決まってんだろ。解熱剤だしときますネ。…コレ飲んだらさっさと帰って大人しく寝てろアホが!」

「名前ぐん!どめざぶろ!いやだよ!ぼくはぜっだいに帰らないぞ!患者さん達が待ってるんだ…名前ぐんがぼぐの家に来てぐれるならいいけど!」

「善法寺せんせい…、ぐすん…、こんなになっても、患者さんのために…」



ああ…
たぶんちょっと違うだろうな、ただの邪な考えだろうな。



「…名前。お前は今日、俺の補助にまわれ。」

「え?食満先生の?…やったあ!」



今日は俺の担当に付けと言うと、さっきまでの心配そうな顔はどこへ行ったのか。
膝にあった伊作の頭を乱暴に退かして、満面の笑みで立ちあがる名前。



「食満先生よろしくお願いします!じゃあ、善法寺先生。お大事にしてくださいね?」



名前は先ほどまで付けていた手袋とマスクとビニールエプロンを手早く外して勢いよくゴミ箱に放り込む。
伊作に触れたであろう両手をアルコールで念入りに消毒して笑顔で手を振り別れの挨拶をしていた。

…そうだ名前、それが正しい、奴は病原菌だ。

名前と共に、風邪をこじらせた伊作を置いて伊作の診察室を後にして鍵をかける。
あそこは今日完全閉鎖だな、念のため清掃に入らせよう。



…体調が悪いなら出勤してくるな馬鹿が。



ドンドンドン!!



「いやだーー!僕ん家で看病してぐれよー!名前ぐんっ!こでは命令だぞー!!ここをあげでぐれー!!」

「善法寺先生!いつかお見舞い行ってあげるからね!たぶん!」

「伊作テメェこっち来んじゃねェ!いいからさっさと帰りやがれッ!」





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やっぱり尻拭いは食満先生
面倒くさくても丁寧に診察してあげてるのが食満くんらしいと思います
次のお話はリクエスト頂いた看病編にしたいなと思っております


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