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□砂漠に住む熱帯魚
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砂漠に住む熱帯魚




寒い
体が寒い
心が寒い
誰か温めて

そんな悲鳴のような願い事




冬がそろそろ本格的になってきた
朝の寒さが身に堪える
あいつはちゃんと学校へ来るのだろうか
寒いからといって休みそうだ
小石川は冷え切った外を歩きつつ放浪癖のある男の事を考えていた

休むなら休むなりに連絡が欲しい
一応知ってはおきたい

しかし今まで休む時連絡を千歳が寄越したことは
ただの一度も無い

「どないっすかな…」

こちらから携帯に電話をしようにも、あいつは携帯を携帯しない奴だ
家にいても
「せからしか」
と言って電源を落としているのを知っている
一応備え付けの電話があるが、あまり出ない

「しゃあない、迎えに行ったるか」




千歳は冷えた部屋の中にいた
四天宝寺の寮は自立性を育てる為か学校から少しだけ離れた幾つかのアパートだ
そのアパートの一室に千歳はいる
暖房も点けず、学校へ行く準備もしていない
眠れない
寒くて眠れない
暖房を点けても
どんなに暖かくしても
寒くて眠れない
お陰でここ数日眠れない日が続いている

最初の1、2日は耐えれたが3日目の今日は立つ事すらままならない
寒くてしょうがない
ひきっぱなしの布団の上に座り込み動かない

体を起こしているのが限界
横になっていると寒さが襲ってくる

誰か温めて


ピーンポーン


安いインターホンの音が鳴る
どうせ、寮と気付かず入ってきてしまったセールスだろう
歩くのすら辛い
居留守を決めこんだ

ピーンポーン
ピーンポーン
ピーンポーン
ピーンポーン

しつこい

ドンドン ドンドン

その来客はしつこいようで扉を叩き始めた

最初は耐えていた千歳もとうとう限度を超えたらしく
ふらふらと頼りない足どりで玄関のドアへ向かい
これでもかというくらいの不機嫌な顔でドアを開けた

「だご、せからしかったいっ!」

苛々していたのもあってヤンキーのような言葉遣いになった


「は?何言うとんねん自分」

そこにいたのはセールスマンでは無く

副部長の小石川

「あ…ゴメン」
「いや、何言うたんか知らんけど
学校、行くぞ」
「小石川…迎えに来てくれてほんなこつ嬉しかよ…
ばってん今日はとても学校ば行けんと
すまんち…」
「は?お前、体調悪いんか」
「…うん」
「さよか、ちょお待ってて」

おもむろに携帯で誰かに電話をかける小石川
「取りあえず、お邪魔するで」

さっさと部屋へ入る小石川

「小石川?学校…」
「しゃあないやろが、目の前病人見て放っとけるかいな
休んだ」
「え」
「あかんのか?」
「あ、俺は大丈夫ばい
学校行って貰って構わん…」
「嘘こけ、大丈夫やったら壁なんざにもたれ掛からんわ
ほら、素直に病人認めぇや
玄関つっ立ってんと」

肩をかして貰い部屋に入る

「お前、風邪か?
体熱くは無いみたいやけどな」
「風邪じゃなか…
ちょっと眠れないだけ」
「……さよか」

布団の上に座らされる

「お前寒いと寝付けんのやぞ
ヒーターつけるからな」
「…うん」
「朝飯は?」
「食べちょらん
食いたくなか」
「…なんなら食えそう?」
「重くないもの」
「ちょお待っとき
冷蔵庫勝手に漁るでな」

そう言って彼は台所に行く
ヒーターが動き始めて部屋が暖かくなってきた

少しして彼が戻ってきた

「千歳、布団なか入って早う寝てろや
まだ作るん時間かかるから」
「何作っとうと?」
「お粥
寝てないとなると、口動かすんも辛いやろう思うてな」

布団をかけられる
彼の手がいやに暖かく感じる

「ちゃんと寝ときや」

彼はまた台所へ戻っていく

彼が来たら眠気が少しきた
彼の後ろ姿を見つつ眠りに落ちることに決めた


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「千歳?お粥出来たで」
自分が戻ってくると千歳は眠っていた
今改めて見るとクマが酷い
何日くらい寝れなかったのだろうか

「不眠症…か」

保健の授業で聞いたが過度なストレスが溜まると体は異常をきたす、と
不眠症もその一例
無論不眠症になる原因は幾つかあるが

「何があったんや?
千歳…」

癖のある黒髪を撫でる
お粥はまた後で温め直せばいい
今は寝かしておきたい

そこへ聞き慣れない音楽が鳴った
数秒でその音は切れた

よく見ると部屋の隅に電源が入った携帯があった

悪いと思いつつも携帯を開くと

『Eメール1件受信』
の文字
誰かと確かめると、送り主は同じ寮生の石田

From:銀さん
Sub:Not Title
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休みですか?



それだけのメール

そこではっとした
もしかしてメールに何か原因があるんじゃないかと

受信箱を見ると
3日前の日付に
『橘 桔平』
の文字があった

内容は右目の事を心配する内容と謝罪だった
「橘の奴古傷裂きおって」
少々怒りを覚える
千歳の目は最近の検査の結果これ以上の視力低下は無いという結果

そのまま何もあの事を思いださすものがなければ
千歳の精神は脆い
ぱっと見図太い
だがそれは表面だけ

だから、何時か知らない内に傷がつく
そのまま放っとくから化膿する
寝付けないくらいに




「健二郎…?」
「あ」

千歳が目覚めたようだ
「健二郎、寒い」

「寒くてしょうがない」

「健二郎」


手を握る


今解った彼の寒いは寒さが原因じゃない
心だ

無言で彼の頭を撫でる

「健二郎…?」
「気付くの、遅うなって…ゴメン」
「健二郎…」




橘からあの事を思いださすようなメールが来た
そしたら急に頭の中が真っ白になった

夜になればあの時が思い出す
忘れられない

親友がつけた傷が痛む

誰かにそれを癒して欲しい
だから寒かった


「健二郎、好き」

その言葉に返してくれる人がいる

「俺も、好き」





やっと暖かくなった




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氷影けーた様に捧げます

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